第4章 夏ふたつ目
幽霊と綿あめ 1
「……あれッ?! もしかして……って、もしかしなくても……まじか。その制服、夏休みでも着てんの? やばくね?
席に案内した後、向かい合って座わるなり、僕に向けていた胡散臭いものを見るような目つきから急変した、その嬉しそうにキラッキラ光る眼差しと、半オクターブ高い声につられて、そこに居るのは誰かなんて分かりきっていても思わず、後ろを振り返った。
暦の上では早くも夏が終わりに近づく頃だというのに、暑さはその衰えを知らず、ぐんぐんと気温が上昇する日中の、肺の中まで熱くなるようなサウナの如き昼過ぎ。
久しぶりに事務所に訪れたその依頼人は、どうやら糸と面識があるようであった。
入ってくるなり声を掛けられ、事務所の扉の前で立ったままの、無表情に佇む彼女の姿を見て、それが一瞬で何を物語るのか分かるようになった僕は、ようやくここまできて、なかなかの探偵ぶりが板について来たと言えよう。
うん。間違いない。
糸は、全身で
と、実際には誰にでも分かるリアクションの彼女を尻目に、依頼人は屈託ない様子で話し掛け続けていた。
「何? もしかして高桜さんも、依頼に来たの? この胡散臭い事務所に? 奇遇だねー。いや、まじで運命的なものを感じるわ」
勝手に運命を感じてろ、と糸に白い目で見られているのが分かっていないな。
……いや、分かるか。
それにしてもまあ僕を目の前に、あっさりと本音を口にするとは、依頼人としてどうなの? と思わなくもないが、
「……わたしは、ここの手伝いをさせて貰っているだけです。シキさん、この軽薄な感じに、騙されてはいけません。彼はわたしと同じ高校の生徒で、この前の期末試験では上位優秀者として名前が貼り出されていました。学年四位の
糸はまるで自らを守るように、半袖のセーラー服から真っ直ぐ下に、すらりと伸びたその白く滑らかな左腕を胸の前で交差するよう右手で掴みながら、名前もまだ知らなかった依頼人を紹介してくれた。未だ無表情ながらも、見事に糸の頭の上に浮かぶ『警戒!』の文字が読み取れる。
「うわー。名前まで、覚えてくれてんの? やばくない? すげ嬉しいかも。でも騙すって何? 騙した覚えはナイんだけど、騙されたいとか? 高桜さんが良いなら、結構、色々と自信あるよ」
色々って何だよ?
何故だろう、ちょっとムッとしてしまった。そんな大人気ない自分に、首を振る。
「悪いけど、さっそくお手伝い良いかな?
「あ、冷たいのがいーな。あとミルクとガムシロ……ガムシロは二つで、おなしゃーす」
糸に向かって軽く敬礼している姿を見て、どうして事務所に来る依頼人は、こうも揃って遠慮がないのだろうと、僕は思う。
糸の姿が消えたあと、僕に向かって、にやにやと笑みを浮かべた依頼人、宗田響介なる人物は「で、本当はどんな関係なの? ……四季さん?」と、いったん手元の名刺に視線を落とし名前を確認してから言う。
「高桜さんもだけど、四季さんも嫌味なくらい整った顔だよね。自分にその顔があれば、もっと活用するな。使わないのって無駄過ぎて、なんか勿体なくね? 高桜さんとは、もしかして親戚? あ、ナルホド。違うんだ」
そう言う宗田くんは、生まれ持った自分の外見的魅力を、最大限に引き出す努力をしているようだった。
色味はオリーブ寄りのアッシュグレージュにした緩く波打つ髪は、目にかかりそうなマッシュで、やや鋭いキツくなりがちな目元の印象を抑えている。黙っていると、シャープな印象の塩顔男子だが、分かりやすく変わる表情と、糸に対しても人懐こくしている所を見ると、学校でもそうなのだろう。
つまり、そうしているほうが色々とモテると画策したうえでの宗田くんの戦略なのだ。
黙っていると冷たそうに見えて、実のところ人懐こい。
それに加えて成績も優秀となると……女子からの評価は、容易に想像がついた。
「関係? 高桜さんは、ただの助手ですが」
「うわー。でたよ。ただの助手、なんだ。分かりやすく遠ざけちゃったりするのに? ふーん。彼女、綺麗だもんねぇ〜」そんなだから今のところはなんて、隠れた枕詞がついたりしちゃうんでショ? やーらし〜。
好きに言わせておけば、なんて奴だろう。
きゃっきゃと笑う宗田くんに、早くも疲れてきた僕は、手伝いを頼んだ糸が帰って来る前に話を聞いてしまおうと椅子に座り直した。なにしろ宗田くんの甘そうなアイスコーヒーは、便利なテイクアウト容器に入っているのだから。
宗田くんの頭越しに、窓の外へ目をやる。
飛び込んで、泳ぎたくなるような青空だ。
冷房の効いた室内から、空ばかりしか見えない窓の外をみると、水の中に戻りたいような、まるで水の中にいるような不思議な感覚に捉われる。
「じゃ、お話を聞かせてもらおうかな」
「喉渇いたし、高桜さんまだ居ないから、来てからにしましょうよ〜。それまで、どうして高桜さんがこんな所で助手なんかしてんのか、聞かせてくれても良くないですか? ね、どうやって知り合ったの? 彼女、学校でも高嶺の花っつーか、氷の女王っていうか、孤高の姫君っていうか」
「知ってる。ぼっちって言いたいんだよね? あ、大丈夫。悪意があって口にした訳じゃないよ。それに分かってるから本人も」
……しまった。
依頼内容をさっさと聞いて、ちゃっちゃと追い払おうと……いや、お帰り頂こうとしていた僕だったのだが、情けなくも、うっかり話に加わってしまったばかりに宗田くんは、してやったりの笑顔を見せる。
「学校での高桜さん、気になります?」
「べ、別に。気になら……」なりなるなれなるときなれば……なる。
どんな、なの? 僕はさり気なさを装いきれずに聞いてみた、のに。
「……ッ」
宗田くんが、腹を抱えて笑い転げるのを冷めた眼差しで僕は見つめる。
そりゃ、気になるでしょ。
「あー、ウケる。黙っていれば分からないのに、四季さんって本当は、すげー子供っぽくない? ……高桜さんは、見た目通り美人過ぎて、冷たい印象だから近寄り難いんですよ。それにあんま表情変わんないし。セーラー服が浮きまくってるのは事実だけど、そのおかげで変人扱いされて、ぼっちだけど、ハブられてるわけじゃないから」
笑い過ぎて滲み出た目尻の涙を、拭きふき宗田くんは続けて言った。
「セーラー服。あれってワザとでしょ? あれだけ綺麗な子は、結構な敵を作りがちだけど、美人でも、アレずっと着てるから変人枠に入れられちゃって、女子達から向けられる敵意を上手く
「……
え? 趣味なんだ?
いや、それよりもいつの間に帰って来たのだろう。音も立てずに、コーヒーの入った手提げを持つ糸が、僕の真後ろに立っていた。
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