君と嘘つき 3


「……稜」


 光の墓前に立つ稜の元へ僕とマスターが歩みを進める間も、いっそ穏やかとも言えるその笑みは深くなるばかりで、本当の彼のことを知らなければ久しぶりの再会を喜んでいるのだと勘違いしてしまうところだろう。


「稜くん……! もしかしたら、と思っていたけど……。どうして……どうして」


 稜の顔を、間近でみたマスターの震える声とその背中を摩りながら僕は「何より先に、お参りを済ませてしまいましょうか」とその温かな背中を押すように目の前の稜を無視して墓前へと向き合った。

 庵治石あじいしで建てられた光の、その色彩のない墓に手向けられた百合の鮮烈な白さと内側から光を放つような蕾に鮮やかなその瑞々しい緑の葉は、何故だろうこの場所にはそぐわないほどの力強い生命を感じさせ、僕の心を抉る。マスターが両手を合わせ瞼を閉じるのを、僕と稜はすぐそばでただ見守っていた。

 ふと視線を落とす。


 そうか……。

 やはり、稜だったんだ。

 疑念が確信に変わった瞬間だった。


 僕が墓前に訪れる頃にはいつも燃え残った灰が静かに横たわっているだけだったが、今そこにある燃え残りは、おそらく稜が供えた線香だろう。

 毎年顔を合わせることもなく、すれ違うこともなかった。稜は光と一緒に死んでいるとさえ思っていた癖に、もしかしたら、それは稜の供えた線香かもしれない、と僕はどこかで思っていたその答えが目の前にあった。


 同時に、僕が供えるのは決まって線香だけだったのは何故だったのか、またその日には線香の燃え残った灰しか残っていなかったのは何故だったのかも、分かってしまった。そこに理由なんてないと思っていた。それを考えることすらしていなかった。どこかで考えることを拒んでいた……でも、その理由を目の前で突き付けられたのだ。


 ――花束を手向けたマスターによって。


 光の命を奪ってしまったこの僕には、稜には、この命のない場所に生命のあるものを持ち込む資格がないのだ。

 あるはずは、ないのだ。

 この場にそぐわないのは、僕なのだから。

 ……稜は、いつからここで僕を待っていたのだろう。その間に何を考え、光の墓に向かって何かを話しかけることはあったのだろうか。少しでも彼女を思い出すことは、あったのだろうか。


 僕たちが、彼女を振り回していたのだと?


「どうして生きていることを、教えてくれなかったんだい?」


 僕たちに背を向けたままのマスターが、声を振り絞るようにして稜に問いかけた。

「心配している人がいるとは、思わなかったのかな? 心配をかけているとは、考えなかったんだろうか?」


「……何て言えば良かったんですか? 何が聞きたかったんですか? 心配? 本当のところ俺が光を殺したのかどうか、確かめたかっただけでしょう? そうですよ……俺が光を殺した。どうです? これで満足して貰えましたか?」


「稜……ッ」


 ゆっくりと僕たちを振り返ったマスターは、その顔に優しい微笑みを浮かべていた。


「それが、本当のことだったら、まだ良かったんだろうけれどね。……四季くん。今日は、ありがとう。二人は積もる話もあるんじゃないかな。一緒に帰れなくて悪いけど午後からの店の準備があるから先に帰らせて貰うよ」


 マスターは僕の肩に軽く手を触れた後、去り際にもう一度振り返ると稜を真っ直ぐに見ながら言った。


「君が本当に欲しかったものは何だい? 間違った方法では、何ひとつ手に入れることは出来ないんだよ」


 稜も……稜もまた、光を喪って初めて何かに気づいたのだろうか? 

 

 それぞれの思いを抱えたまま僕たちは、マスターの姿が見えなくなるまで身じろぎもせずにその背中をただ目で追うのだった。


 最初に動くのは、決まって稜だ。


 そうして何事もなかったかのように易々と一歩を踏み出すと、ポケットからスマホを取り出した。俯くと何かの画像を呼び出しているようだった。


 ……何をしている?



「やぁ四季、そろそろ俺と遊ぼうか?」


 稜は、そう言うと同時に端正な顔を上げ、笑みで歪ませ僕に向かってスマホを掲げて見せた。そこに映し出されたものを目にして僕は、自分の迂闊さを呪いたくなる。


「……そんな」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る