第8章 冬ふたつ目
君と嘘つき 1
「やぁ四季、そろそろ俺と遊ぼうか?」
視線が、絡まる。
それは僕たちの、決着の始まりだった。
……。
……。
窓に霜が降りている。
触れんとし、つと指を伸ばす。
間近で見ようとその細かな光を受け連なる樹枝状結晶の美しさに顔を近づけ白い息が触れた途端、完璧なその形は溶けて喪われた。
赤く染まる
『冬は
……静かな朝だった。
今朝は、一年のうちで最も苦しい日。
この世界から光が消えた日。
居なくなってしまった
その答えを知る者は、居ない。
あの日、稜からの電話は、その内容を耳にする前から分かっていたようなものだった。
光は稜を選んだ。
ただ、それだけの筈だったのに稜は、それだけでは済まないと光を世界から喪わせることにした。
――あの日。
『…… 残念だよ。おまえは、少しも彼女のことを分かっていない』
耳元で、轟々と風の吹く音が聞こえていた。
いや、あれは海鳴りだ。
生命を育む、生命を呑み込む、海の音だ。
そのまま、ぷつり、と消えた稜の声はおそらく、光が崖の下に墜ちた後のものだったと、今なら分かる。
その数日前に、光から僕に宛てたメッセージには『ごめんね』のひと言だけを残し姿を消した時に、何故……。
「……四季くん?」
躊躇いがちな声に、振り返る。
事務所の入り口のガラス扉の向こうに、マスターの姿が透けて見えた。
「今、行きます」
ソファーの背に掛けたスーツのジャケットを手に取り、袖を通す。その、何にも染まることのない色はまた、ほんの一滴で全ての色を
ちらと窓の外を見上げた。
寒空に、薄日が差している。
フロントボタンを閉め、スラックスのポケットに随分と前に返す筈だった光の忘れ物を忍ばせた。
「……すみません。お待たせしました」
ガラス扉を開ける。
マスターと目を合わせないように、前を通り抜けた。
この日にマスターを誘ったのは初めてだったから、声を掛けた昨日は彼のその眼が涙で濡れているのを見て、僕もつられて視界が滲んでしまったのを気づかれていて
「あれ? 階段を使うのかい?」
「そうですよ」
エレベーターを名残惜しい目で見ているマスターに「それで昇ってきたのなら、
『笑えるなら、大丈夫』
光の声が、聞こえたような気がした。
過去のあの日が、そうならば、今日は光の命日だ。
毎年この日に墓参りに訪れるのは、それを知る人物だけ。
僕と稜。
……二人だけ。
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