これまでの私と、これからの貴方と

神凪

来年の話と、これからの話

「ハッピーバースデー、ゆい

「ありがとう、響介きょうすけ


 今日は彼女、白川結白川結の誕生日。二十歳の誕生日だ。そんな大切な日を、俺たちは二人きりで祝っている。

 ケーキにつけられたロウソクをふっ、と一息で吹き消した結は、満足そうに笑みを浮かべる。サプライズではなく、二人で作ったものだ。


「今年は張り切ってホールにしてみたけれど……大きいわね」

「だな。二人で食べる量じゃない」

「四等分か八等分にして明日食べましょうか」

「賛成」


 丁寧にケーキを切り分ける結の横顔はどこか楽しそうで、見ているだけでも十分楽しい。と、そこまで考えて俺が楽しんでどうするんだ、と我に返る。


「切るよ」

「えぇ……等分にならないからいいわ」

「じゃあ任せる」

「うん、任せて。私がこういうの好きなのは知ってるでしょう?」

「だから早めに引き下がっとくことにしたよ。でも、なにかしてほしいことあったら言ってくれよ」

「そうね……あ、膝枕。あと一緒にお風呂にも入りましょう」

「……もしかして」

「ふふっ、ご想像におまかせするわ?」

「いいけどさ」


 素っ気ない態度を装うも、どうにも高鳴りを抑えられそうにない。それは結も同じなようで、若干頬を赤く染めている。


「あ、後のことは後で考えましょうよ。ケーキ食べましょう」

「だ、な。うん。食べよう」

「じ、じゃあ、はい。あーん」

「えっ? ああ……あーん」


 こんなことをしてもお互い馬鹿らしくなることもなければ、恥ずかしくなることもない。慣れというのもあるが、お互いがちゃんと好きでいられるように定期的にひたすらイチャつこうという約束をしているのだ。

 そんなイチャつく日を誕生日に当てたのは、結もこういう時間が楽しいと思っていてくれているからだろう。


「……あのね、響介」

「どうした?」

「今日で二十歳じゃない。お互いもう二十になって、いろいろと生活も変わるだろうし、そもそもいろんな節目だし……」

「急にどうした」

「結婚は、するじゃない」

「ちゃんと両親の了承は得たからな」

「子どもも産む」

「……まあ、そうだろうな」

「これは私の理想だけど、響介がお仕事をしてくれて、その間に私が家事とか育児とかもして」

「その辺はまだわからないけど、そんなふうに過ごせたら理想的だよな」

「……なら、こんな日々は薄れていくのかしらね」

「ん?」


 結の顔に翳りが差した。それでも笑みを崩さないのは、俺にすら余計な心配をかけたくないからか、あるいは俺だからこそ言いづらい事だからか。


「今年は二十歳の誕生日。なら、来年は? 二十一回目の誕生日は、どうなるのかしら」

「そりゃあ、今日みたいに二人で祝って……」

「うん、そうなるのが理想。だけど、考えてみて。高校生の時、貴方が私の誕生日に告白してくれた。貴方の誕生日には二人でどきどきしながら、その……初めてをして。そんなことを経験して、繰り返していくうちに慣れてきて。お祝いが雑だとかそんな話じゃないの。ただ、こうしていつも通りになってしまうのが怖いの。記念日も、定期的にイチャイチャするのも、全部なくなってしまいそうで……」

「……そうだな」


 未来のことなんてわからない。当たり前だ。

 だけど、それでも俺たちは愛し合いたいと思う。傍にいたいと思う。支え合って生きていきたいと思う。


「仕事が忙しくなったら、今みたいにならないかもしれない。育児だって手伝えない駄目夫になるかもしれない。記念日だって、忘れてしまうかもしれない。そんな俺を結が嫌いになるかもしれない」

「……そう、ね」


 ネガティブに考えるのは簡単だ。いくらでも暗いことは考えられる。

 でも、逆もまた然りだ。


「俺は、どれだけ仕事が忙しくても結とずっと今みたいに過ごしていたい。イチャイチャする日も、今みたいにしっかりイチャついて、子育ても仕事の合間を縫ってにはなるだろうけどやれるだけはしたい。理想論かもしれないけど、二十一回目の誕生日だけじゃなくていつまでもちゃんと誕生日を祝って。そんなふうに過ごしていきたい」

「響介……」


 ただの理想だということはわかっている。世の夫婦が、結の言うような状況だということもわかっている。

 それでも、俺と結は良好な関係でありたいと願ってしまう。


「そんな理想は、結は嫌いか?」

「……わかってるくせに。意地悪」


 願う未来が一緒なら、きっと大丈夫。


「まずは来年の貴方の誕生日から。二十一回目の、貴方の誕生日を幸せに迎えることから始めましょう」

「いや、まずは今結の誕生日からだろ!?」

「ふふっ……そうね」


 優しく笑う結の笑顔は、今日一番に輝いて見えた。

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