37 彼女との種目
「せ、折角ここまで仲良くなれたんです…もっと思い出を一緒に作りたいなって…」
立花が耳を真っ赤にしてまでそう言ってきた。
「も、もちろん。俺で良かったら」
彼女と同じ時間を過ごせるだけで嬉しいのに、相手から求められて断れる訳がない。
というか何だ今の、可愛すぎる。
「私も今日プリント貰ったので、確認してみましょうっ」
「そうしようか」
洗い物を終え、鞄からプリントを取り出す。
立花と机に広げて内容を確認してみる。
「皆が必ず参加しないといけないのは…大玉送り、玉入れ、綱引き、応援合戦か」
「大玉送りとか玉入れなら大丈夫そうですが、綱引きとかは怪我しちゃうかもしれませんね」
そういえば、綱引きでつい本気を出しすぎて手の皮が裂けたり、転んでしまって保健室に行っていた奴を何人か見たことがある。
体育祭は恐ろしい行事だと思い出した。
「まあ、無理しすぎなければ大丈夫だろう…」
「そうですね。応援合戦は紅組と白組で応援力を競うみたいです」
「たしか偶数が紅組で奇数が白組だった気がするな」
「それで合ってますよ。一緒ですね」
俺は四組で、立花は六組だから同じ紅組だ。
一方で俺の唯一の友達である悠斗は五組なので、白組ということだ。
「…悠斗も紅組が良かったなあ」
「お友達の白石さんですね…。結城さんは素敵な人なのに、どうしてお友達が少ないんでしょう…」
立花は不思議そうに首を傾けている。
悠斗のことはバイトでちょっとした事件があったその日に、彼女に話してある。
俺の数少ない友達として認識してくれているが…。
「俺は大した人間じゃないよ。頭も良くなければ運動も得意じゃないし。料理も…まあ最近は立花のおかげで少しはできるけど、全然だめだったしな」
「そんなことはありません!」
立花が珍しく声を大きくして言葉を放った。
俺はびっくりして、ゆっくりと唾を飲み込む。
「結城さんは勉強も運動も料理も、あまり得意じゃないのかも知れません。でも貴方には明確な夢があって、それに向かって一生懸命頑張っていると思います」
少し早口で喋っていた事に気付いたのか、立花は一呼吸置いてまた口を開く。
「それに医療に関する記事を見つけると、それを纏めたノートを作る真面目な所も知っています。私は勉強や運動や料理が出来る人よりも、そうやって夢を実現しようと努力する人の方が、かっこいいと思います」
彼女は口を閉じて、俺の言葉を待つ。
立花の言葉は、すっと俺の心に染み込んできた。
心拍数が上がって、涙が出そうになる。
彼女が俺の事をどう思ってくれているのか知れて、心が暖かくなった。
「…ありがとう」
気を抜いたら、泣いてしまうような気がして。
やっと振り絞って言えた言葉がこれだった。
立花はたくさん喋ってくれたのに、感想がこれだけっていうのは申し訳ないが、泣いてる所を見せる訳にはいかないのだ。
「だから、自分を卑下しないでください。私は結城さんの良い所を知ってるし、これからも沢山知っていきたいです」
立花の言葉に、ぽろりと涙が零れた。
我慢するつもりだったのに、つい泣いちゃったじゃないか。
まったくもう…。本当にありがとう。
「…わかった。自分の事を卑下するのはやめるよ。これからは、立花に良い所をもっと知ってもらうために、堂々と頑張っていくことにする」
「はい。そうしてください。でも私以外にも知って貰わないとですけどねっ」
そう言って立花は見惚れるような、本当に綺麗な笑顔を見せてくれた。
「ありがとうな。本当に」
「お礼は私と同じ種目に出ることで良しとします」
「…そうだった。種目決めるんだった」
完璧に忘れていた。
なんだか現実に引き戻された感があるが、急いで決めよう。
☆☆☆☆☆
「立花は何か出たいのは無い?」
俺がそう聞くと、彼女はむむむと頭を悩ませる。
何故か頬を赤く染めたり、急に頭を振ったりして、相当悩んでいるようだ。
「では、借り物競争と仮装二人三脚にしませんか」
彼女は想定外な提案をしてきた。
この二個は選ばなさそうだなと思っていただけに驚きである。
「意外と目立って人気が高いの選ぶんだな」
「楽しい思い出を作るためなんですから、面白そうなの選ばないとです」
確かにそうですね。
まあ同じ種目に出るだけだから、必ずしも一緒に出来るわけじゃない。
借り物競争なら、たまたまタイミングが被ればあり得るかもしれないけど、仮装二人三脚とかは可能性が無いと言っても過言ではない。多分クラスの女子と一緒になるのではないだろうか。
「仮装二人三脚、結城さんと一緒に出来るように私頑張りますね」
はい?
「いやいや、同じ紅組でも同じクラスの人とやるでしょ」
「大丈夫です。私に任せておいてください。これでも人望は厚い方ですよ」
何が大丈夫なんだろうか。
これって人望でどうにかなるものなのだろうか?
まあ深く考えても仕方ないけど…。
「まあ、分かったよ。任せました」
「任されました」
嫌で仕方なかった体育祭。
でも立花のお陰で、当日が楽しみになった。
その後彼女を家まで送り届け、泣いてしまったが故にすぐに寝てしまった葵であった。
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