26 彼女と約束と友情
「買い物に行くのか?」
「…はい。一緒に見て回りたいなって」
立花は頬を赤く染めて、恥ずかしそうに少し身じろぎをする。
まさか買い物に誘われると思わなかった。
立花と買い物か…普通に楽しそうだな。
立花と見て回って、欲しそうなものがあったら買ってあげよう。
俺がどこを回るかを考えていたら、立花がとても不安そうに顔色を窺ってきた。
「い、嫌ですか?」
俺が反応をしなかったからだろう。本当に不安そうな顔をしている。
俺は慌てて否定した。
「いやいや、全然いいよ。立花と買い物か…どこに行きたい?」
俺がそう言うと、立花は顔にぱっと花を咲かせ、必死に考える素振りを見せる。
立花は少し考えると、口を開いた。
「では…ちょっと遠いですけど、ショッピングモールに行きましょうか」
立花の言うショッピングモールとは、ここから二駅先にある巨大な建物の事だろう。
あそこはレストランや、ゲームセンター、服屋、雑貨店など、何でもあるのでとても良い案だと思う。
「分かった。二人でショッピングモールに行こう。でも明日はアルバイトを入れちゃったから、日曜日で良いか?」
「はい。じゃあ日曜日、朝十一時から駅で待ち合わせしましょうね」
立花はそれから一緒にソファーに座っている時も、一緒に帰っている時も、普段よりとても機嫌が良いのであった。
☆
今日は土曜日で、休日なため長いこと働くことができ、俺は十時前くらいにアルバイト先の喫茶店へ向かっていた。
なぜ土曜日に働くかというと、店長さんが「申し訳ないけど、会わせたい人がいるから、土曜日にアルバイトで来てくれないかな」と言っていたからである。
そういえば、俺が採用される前に、二人ほど諸事情で辞めてしまったと言っていたし、新しい人が入ったのかな?
もしそうだとしたら、温厚で優しい人が良いな。
俺は喫茶店の玄関の前に立つと、深呼吸をしてドアを開ける。
中には、今日は土曜日なため普段より多くのお客さんが入店しており、静かに女子会みたいなものも開かれていた。
俺がすっと奥の部屋を見ると、丁度良く店長さんがドアを開けた。
後ろには、髪の毛を茶色に染めた、身長はあまり俺と変わらないくらいの男子が居た。
もしかして、この人が新しく採用された人なのか?
俺が分かりやすく首を傾げていると、店長さんが奥においでと手招きをした。
俺が緊張した思いで奥に入ると、椅子に座るように言われた。
俺は意を決して、この人について聞いてみることにした。
「店長さん、この方は?」
まるで俺が聞いてくるのを予想していたように、一つ頷いて質問に答えた。
「この子は、私の甥で
俺は顔を悠斗の方へ向ける。どっかで見たことがあるんだよなこの髪色と整った顔。
店長さんは悠斗の背中を優しくぽんぽんと叩くと、口を開いた。
「俺の名前はさっきも言ったけど白石悠斗です。鳴海高校に通っていて、一年五組です」
え?悠斗って鳴海高校に通ってたの?しかも一年五組って隣のクラスじゃないか。あっ俺は一年四組です。
だから少し見覚えがあったのか。鳴海高校は学年が上がるごとにどんどん自由になって行って、一年生は髪の毛色を、あまり目立たなければ染めていいルールになっている。
二年生はもっと自由になるんだけど…今はいいか。
極め付けとして鳴海高校は一組、二組、三組、四組、五組、六組と六つの組に分かれており、学力のレベルでクラスが決まる。
一組が一番低くて、六組が一番高いと言えば分かりやすいだろう。無論立花は六組である。
クラス替えは年に一回あり、テストの結果によって組が変わる。
俺もいい勉強の仕方が分かれば…。もっと上のクラスも望めるんだけど。
つまりいうと、この悠斗と名乗る人物は俺より学力が上という事である。
組によって自分の実力が可視化できるため、下のクラスを馬鹿にするというのは、本当に稀だがあるっちゃある。
まあそれ以前に皆学力が高いため、そんなことをするのは無意味だと分かってるし、組が違えば関わりたくても関われないためそう言ったことは結局少なくなるのだ。
だが上のクラスの奴らは、心のどこかで馬鹿にしていることがあるので、立花が如何に人格者であることかわかるだろう。
本当、誰かに俺らが関わってる所を見られれば終わりだな。
悠斗は俺が納得したのを見ると、再び口を開いた。
「今日から、俺はおじさんの喫茶店で、色々と学ぶために働くことにしました。初めて働くので、分からない事や出来ないこともたくさんあるけど、宜しくお願いします」
悠斗はそう言って頭を下げた。
店長さんはぼそっと「おじさんはやめろって言ったのになぁ…」と言っている。
悠斗は一向に頭を上げようとしないので、俺は慌てて頭を上げるように言った。
「分かりました。一カ月しか先輩じゃないけど、頑張って教えます。あと同級生なんだし、ため口で喋ろう。一緒に頑張ろうな」
俺がそういうと、店長さんは笑顔で頷いて、悠斗は目をぱちぱちとして驚いた。
そして悠斗は少し笑って「おう」と言った。くっイケメンの笑顔は眩しいな…。
「じゃあ二人とも、今から接客頑張ってくれるかい?結城くん、悠斗を頼むよ」
「任せてください」
俺はそう言って、悠斗を連れて部屋を出たのであった。
☆
あれから二時間ほど経ち、悠斗は俺の指導をするすると飲み込んでいって順調だった。
本当にすごい勢いで成長するので、初めてなのが嘘なんじゃないかってぐらいだった。
あの整った容姿もあるし、接客した女性も少し嬉しそうである。
俺と悠斗との距離も、だんだん近くなっていった。
俺は一旦悠斗に接客を任せて、裏で洗い物をすることにした。
俺が十分ほど洗い物をして、接客に戻って悠斗を手伝おうとした時。
店内に怒鳴り声が響いた。
俺が急いで怒鳴り声の元へ駆けつけると、頭を坊主にして、ギラギラの眼鏡をかけ、よくわからない着こなしをしている四十代半ばの男が悠斗を怒鳴りつけていた。
「何があったんだ」
俺が短くそう聞くと、悠斗は少し涙目になって口を開いた。
「俺は注文通りに運んだんだけど、お客さんが注文通りじゃないって…」
悠斗がそういうと、例の男は目の色を変えてまだ怒鳴った。
「だからさぁ!俺はこれを頼んだんじゃなくて!これを頼んだっつてんだろうがぁああ!」
男は運んできた商品と、メニューに書いてある商品を違うと言っている。
いや、まったく一緒なんですが。
量が違うとかで怒るんじゃなくて、別の物って怒ってんの?
というか周りが心配そうな目で見てるから静かにさせなきゃ。
「そうは言いましても、貴方が注文された物と一緒の物を持ってきましたが?あと店内では迷惑ですからあまり声を荒げないでください」
俺がそういうと、また男は違うとぎゃーぎゃーと叫んでいる。
日本語が分からないのだろうか。
悠斗も泣きそうで、初めてのアルバイトなのに、こんな迷惑な客が当たって可哀想で仕方ない。
「すみません、これ以上騒がれますと、迷惑ですので出て行っていただくことになります。」
男は俺の言葉を聞くともっとぎゃーぎゃー唾をまき散らしながら叫ぶ。
もうこれ、出て行ってもらうしかないか。
「すみません、お代は結構ですからお帰りください。それでも出て行かない場合は、警察を呼ばせてもらいますよ」
男は 警察 という単語にびくっと少し反応したが、それでも喚き散らかす。
俺は悠斗の方を向き、ゆっくりと言った。
「悠斗、店長さんにこの事を伝えて。あと警察も呼んで」
悠斗は俺の言葉を聞くと、頭を縦に二回程振り、走って奥まで入っていった。
その間も男はぎゃーぎゃーと喚くので、俺は必死に静かにしろと言うが、効果はなし。
少しすると、店長さんと悠斗がやって来て、店長さんが俺と悠斗が長いこと怒鳴りつけられていることから、既に警察を呼んでいたらしい。
店長さんまじ有能です…。
店長さんは無言でごごごごと後ろから文字が見えるレベルで怒っていた。
「結城くん、悠斗、帰る準備をしていなさい」
俺と悠斗は店長さんに後を任せて、荷物をまとめに部屋に戻った。
俺と悠斗は、いまだに緊張していたので、すごい早さで荷物をまとめて、帰る準備を整えた。
荷物を持って部屋を出て、近くに鞄を置いて店長さんの元に行くと、店長さんは何やら男と話し合いをしていた。
いや話し合いって言っていいのかこれ。
店長さんまじ怖い…。
俺らが端からその光景を見ていると、からんからんと玄関から音が鳴った。
視線をそこに移すと、警察官が二人入ってきた。
警察官は、怒鳴り声を聞くと、そこまで走って行って、店長さんから事情を聴いた。
店長さんは事情を説明すると、警察官二人は一つ頷き、二人がかりで連行していった。
男は最後まで喚き散らしていたが、パトカーに押し込まれてからは声が聞こえなくなった。
俺達は安心してほっと溜息をつくと、店長さんは頭を下げた。
「皆様、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。引き続き、お茶をお楽しみください」
店長さんがそういうと、周りのお客さんはあの男について小声で話し出した。
そして店長さんはこちらまで歩いてきた。
「結城くん、悠斗。本当にすまなかった。疲れただろう、今日は帰りなさい」
店長さんは頭を下げて、俺たちにそう言った。
「分かりました。今日はありがとうございました。悠斗、行くよ」
俺らは、荷物を持って、急いでシフトに入った先輩をしり目に、喫茶店を去ったのだった。
少し歩くと、悠斗が俺の方をとんとんと叩いた。
俺がゆっくり振り返ると、涙を浮かべて申し訳なさそうに少し下を向いている悠斗が居た。
そして悠斗は口を開いた。
「葵…。今日は本当にありがとう。本当に助かった」
悠斗はついに頬に涙を伝わせて、俺にそう言った。
「全然いいんだよ。俺がやったことより、最後まで諦めずに対応をした悠斗が、俺はすごいと思う」
悠斗は未だに頬に涙を伝わせていた。
「さあ、帰ろうぜ。とは言っても悠斗の家がどこにあるかは分からないんだけどな」
俺が笑ってそういうと、悠斗は少しだけ目を細めた。
そして悠斗は袖で涙をごしごしと拭って、俺の目を見てにやっと笑った。
そしてゆっくりと口を開いた。
「なあ、葵」
「どうした?」
悠斗はまたにやっと笑って、また口を開いた。
「友達になろうぜ」
悠斗は、にやっと笑っていたが、どこか不安そうな顔を見せていた。
悠斗の顔を見た俺は、にやっと笑って「そんなことか」と言った。
「とっくに俺らは友達だろ」
はい。ちょっとカッコつけました。ごめんなさい。
そして悠斗と俺は、二人とも笑って、何故だか分からないけど肩を組んで帰った。
新たな友情が、この日芽生えたのであった。
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