21回目のごめんね

とりすけ

21回目のごめんね

 俺と真奈は親同士が仲が良かったこともあり、3歳からの付き合いだ。だが何故か俺は真奈に対して素直になれず、いつも冷たい態度をとってしまう。真奈はそんな俺のことを怖がりつつも、なんだかんだでひっついてきた。

「翔くん、今日は何して遊ぶ?」

「うっせーな、俺は女なんかと遊ばねー!あっちいけっ」

 子供特有のムキになって怪我をさせる、というパターンで何度も親に連れられ謝りに行かされた。

「ほら翔!謝んなさい!」

「……ごめん。」

「ごめんねぇ、真奈ちゃん。翔ったら素直じゃなくて…。」

「大丈夫!翔くん、しつこくしてごめんね。」

「……。」

 なんで殴られたお前が謝るんだよ、と俺は内心モヤモヤした。


 あれから数年が経ち、俺達は高校生になっていた。

「翔くん、一緒に帰ろう?」

「なんで付き合ってもないのに一緒に帰んなきゃいけね−んだよ。」

 元々真奈は可愛い顔をしていたが、年頃になり更に魅力が増していた為高校ではかなりモテていた。そんな真奈と一緒に帰るということは、他の男達からの嫉妬を一心に受けることになる。幼馴染と言うだけで、そのリスクは犯したくなかった。

「…そっか、そうだよね。ごめん…。じゃ、また明日。ばいばい!」

 俺の冷たい態度にめげることなく、真奈はいつも俺に変わらない態度で接してきた。そんな俺達のやり取りを見て、勘違いするものも何人かいた。

「お前ってさぁ、佐倉のこと好きなのか?」

「はぁ!?」

「だっていつも一緒にいるじゃん。」

「真奈はただの幼馴染だよ。好きでもなんでもねー。」

「でもあっちはどう思ってるかわかんねーぜ?」

「こんな毎回冷たい態度取るやつ好きになるわけねーだろ。」

「それもそっか。なぁ、三組の二宮がお前のこと好きって噂知ってるか?」

「え、二宮…?」

 二宮というのは学年で真奈についで2番人気の女子だった。そんな彼女が俺のことを好きに…?

「た、ただの噂だろ。」

「それはどうかなぁ〜?ほれ、噂をすれば。」

 教室の入り口に二宮が立っていた。そして放課後、屋上に来てほしいと言われた。

「ヒュ〜!モテる男は辛いね!」

「うるせぇ!」


 放課後になり、約束の場所に来た俺は、友人の予想通り二宮から「付き合ってほしい」と聞かされることになる。

「ほ、本当に俺で合ってる…?」

 二宮は、潤んだ瞳をこちらに向けながら頷いた。俺には断る理由が一つもなかったので勿論OKした。


「翔くん、たまには一緒に帰らない?」

「わりぃ、俺二宮と付き合ってるから。」

「えっ…」

「じゃあな。」

 俺は真奈の横を通り抜け、廊下で待っている二宮と一緒に学校をあとにした。


 気まずいまま2年が過ぎた。二宮とは交際1年で破局したが、なんとなく話しかけづらくて真奈とはあれっきり話さないまま卒業の日を迎えた。

(…今日くらい、話してやるか。)

「翔くん!」

「!」

俺と同じことを考えていたのだろう。意を決した顔で真奈はこちらに向かってきた。

「卒業おめでとう!」

「それはお前もだろ。」

「えへへ。…明日から離れ離れになっちゃうね。」

「…。」

 俺は地元に残るが、真奈は看護学校に行くため遠くの県に行くことになっていた。3歳からずっと近くに居た存在が、初めて遠くに離れる。俺はそのことにあまり実感が湧かなかった。

「離れるって言ったって、今までもそんな対して話もしてないし変わんないだろ。」

「…そっか、そうだよね。」

「……ごめん。」

「え?」

「今日くらい、冷たくすんのやめようと思ってたんだけど、結局いつも通りだわ。」

「あはは!翔くんらしくていいんじゃないかな。それにしても謝るなんて5歳ぶりだね。」

「俺そんな謝ってないっけ?てかそもそも謝るようなことしてねぇし。」

「うんうん、そうだね。そうでなきゃ。」

 真奈は口をきゅっと結んでぎこちなく笑った。


 卒業式依頼、俺達は連絡を取り合うでもなくそれぞれの人生を歩んでいった。俺は地元を離れ、平凡なサラリーマンとして毎日を送っていた。

ピロリロリン♪

 母親からのLINEが入った。珍しい、米の仕送りでもしてくれたのか?なんて呑気に構えていた俺だったが、内容を見て血の気が引いた。


『真奈ちゃんが倒れて入院した』


 看護師になると言って地元を離れていった真奈。今は地元の病院に入院しているそうだ。

 俺はすぐに有給をもらい真奈の居る病院に急いだ。

「真奈!」

「あ、翔くん?すっかり大人になったねぇ。」

「呑気なこと言ってる場合か!…大丈夫なのか、体。」

「うん…大したことないよ。」

 俺の問いかけに真奈は端切れ悪く返した。

「…翔くんは大丈夫なの?会社休んで。」

「俺は普段真面目だから休みなんてすぐ取れんだよ。」

「ははっ、そっかそっか。…元気そうで良かった。」

「人の心配してる場合かよ。」

 久しぶりに会ったこともあり、話に花が咲いた。面会時間ギリギリまで俺たちは話していた。

「…っと、もうこんな時間か。大人になってから時間が経つのが早い。」

 本当は違う。仕事の時間の長いこと長いこと…。真奈と話している時間だけがあっという間だった。

「今日はありがとう。久々に翔くんに会えて嬉しかった。」

「おう、また休みの日にでも来てやるよ。」

「ありがとう。またね。」


 次の日曜日、俺は柄にもなく花を買って見舞いに訪れた。

「よう。調子はどうだ?」

「翔くん。あれ、そのお花どうしたの?」

「お、親が花くらい持っていけって煩いから仕方なくな。」

「ふふっ、ありがとう。」

 穏やかに笑う真奈だったが、先日より顔色が悪いように見えた。

「体、大丈夫なのか?」

「うん…。翔くんが来てくれたから元気になってきた!」

「うそつけ。調子悪いようなら帰ろうか?」

「だめ!…大丈夫だから。ね、また向こうでの話聞かせてよ。」

「あ、あぁ…。」


また次の週。

「おい、前より顔色悪いじゃないか。もっと大きい病院でちゃんとした治療受けたほうがいいんじゃないか?」

「大丈夫だよ、ここでもしっかりと治療受けられてるから。それより翔くんの話聞かせてよ。」

 真奈は明らかにやつれていた。肌の色も、もとは白く滑らかだったのに今は土気色をして唇はカサカサになっていた。

「…真奈、俺に嘘吐いてないか?」

「嘘?」

「前に大したことないって言ってたけど、本当はどんな病気なんだ?」

「……。」

 思い沈黙が流れた。真奈は、ゆっくりと、病名を告げた。

「…脳腫瘍。手術して取れない場所にあるみたいで、薬で治療してるの。」

「脳腫瘍……。」

「重く捉えないで!ちゃんと治療したら治る病気だから。」

「お、おう。看護師のお前が言うならそうなんだろうな。…心配かけさせんなよ!」

「うん。…ありがとう。」

 卒業式の日に見た、口をきゅっと結んだ笑顔で真奈は答えた。


 あれから日を追うごとに真奈は衰弱していった。体には見知らぬいろんな管が通されるようになった。

「真奈…。」

 俺は真奈の手を握った。手にはほとんど肉がなく、筋張っていてとても二十歳代の女性の手とは思えなかった。

「……。」

 真奈は瞳だけをこちらに見せ、口角を上げた。まるで「大丈夫だよ」と言っているようだった。

「今日はな、桜が咲いていたぞ。例年より一週間も早い開花だそうだ。…とっとと治して花見行くぞ。」

 声が震えた。痛々しくて見ていられなかった。だが俺は真奈に対して強がるしかなかった。

「…くん。」

 真奈の口が僅かだが動いた。

「なんだ!?どうした。」

 すぐに真奈の口元に耳を近づけた。

「翔くん、いつも、ありがとう…。」

 かすれた声でやっとやっとそう言った。

「馬鹿野郎、そんなこと言うために体力使ってんじゃね−よ!」

「…ごめん。でも言いたくて。」

「……。」

「いつも、ありがとう。」

「もう言うな!…俺は何もしてねぇ。お前に冷たくしてばっかりで…今までごめん。」

「ふっ、21回目。」

「は?」

「翔くんが、私に、謝った、回数。」

「お、俺そんなに謝ってないのか!?」

「…逆だよ。21回も、謝ってる。私は、こんなにありがとうで、いっぱいなのに。」

「真奈…。俺…ずっとお前のこと…」

「翔くん、ありがとう。」


 俺が言う前に遮るように、真奈はそのまま息を引き取った。言わせないように敢えて遮ったのか、寿命を分かっていて焦っていったのか。今となってはわからない。俺は目の前で最愛の人を亡くした。

 今思えば俺は真奈に酷いことばかりしていた。それなのに−−−。

「どうしてありがとうなんて言うんだよ…。」

 煙突から登る白い煙を眺め俺は泣いた。


 あとからおばさんから聞いたが、真奈は俺が居るから少し高いランクの高校に行く、と頑張って入ったそうだ。昔から俺のことが大好きで、俺の傍に少しでも居たいからと。看護学校に行きたいと言い出したのは、ちょうど俺が二宮と付き合い出した時期と被っていた。

(俺はとことん真奈に酷いことをしてきたんだな…。)

「翔くんが毎週お見舞いに来てくれたおかげで、真奈もすごい元気づけられたの。脳腫瘍って分かったときなんて、自殺未遂するくらい動揺してたのに。翔くんのおかげで、病気と向き合おうって気になれたのよ。本当に、ありがとう。」

「おばさん…、俺、あいつになんにもしてやれなかった…。」

「そんなことない。息を引き取るその瞬間まで傍に居てくれたじゃない。それがあの子にとって何よりの宝物よ。」

「……っ」


 白煙が登る空は、どこまでも高く高く澄み渡っていた。

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