第7話 気になる気持ち

「えっと。風磨ふうま? なんで、本屋を選んだの?」


「え? ちょっと本を買いたくてな。それに、午前中は散々付き合ったんだからこれくらい頼むよ」


「えー私、文字って嫌い」


 私達は、あの後カラオケをしたり、ボーリングをしたりと、十分満喫した所で最後に本屋に寄ることになったのだった。


「嫌なら、帰ってもいいんだぞ?」


「私は、風磨と帰るから待ってるわ」


 佳子ちゃんと上杉さんは、何やら解決したようなので、私は本屋を自由に回る。

 みんなそれぞれ回って、後で集合することになった。佳子ちゃんは雑誌を見に、上杉さんは教育論の本を買うと言って行ってしまった。


 そして、桜井君はというと……。


「なんで、少女漫画のコーナーにいるの?」


「ほぇ!?」


 桜井君は話しかけると、私の存在に気付いたのか変な声を出して、少し飛んだ。

 彼は、少女漫画のコーナーでじっくりと立ち読みしていた。


「なんだ未華ちゃん……ビックリして心臓止まるかと思ったよ」


「一度止まってみます?」


「怖いよ!? 未華ちゃん、目がガチだよ!」


 私から距離を取ろうとする桜井君に、私は上目遣いでしっかりと見つめる。

 楓ちゃんがよくやっている手法だ。


「本気になっちゃ、ダメですか?」


「怖いよ未華ちゃん……! あ、でもその目と可愛いね」


 調子のいい事を言う桜井君に、私は頭を抱える。


「はぁ……ダメだこの人手遅れだ」


 私の姿を見て、桜井君は少し困った顔をしてしまっていた。予想外の反応で私は戸惑う。


「……何で、俺のことそんなに嫌うのかな? 流石に、そこまで嫌われるとショックなんだけど……」


「それは、その……ごめん」


 その表情を見て、私もつい素直に謝る。本気で落ち込んでいるようだった。


「まあ、未華ちゃんのペースで俺に慣れてくれれば良いよ」


 桜井君は、優しく笑いかけてくる。

 私は、少し罪悪感を感じながらも質問をした。


「……ところで、なんで少女漫画を読んでるんですか?」


「えっと……引くなよ?」


「もう十分好感度は低いので安心してください」


「……俺、実は少女漫画が好きなんだよね」


 桜井君は、顔を隠し恥ずかしがりながら答える。


「はぁ。なるほど」


「え!? 反応薄くない? 納得早くない?」


「いえ。今までの発言や行動に納得いったので」


 桜井君の、いちいち癪に触る格好つけた発言の正体が分かったので私は一人で納得する。

 少女漫画でイケメンのするような発言や行動を、現実でもしていたみたいだ。あれは、お話の中だから良いのであって、現実でやられると凄くゾワっとする。


「あ、ちょっとこれ買ってきていい?」


「あ、はいどうぞ」


 桜井君は、本を手に取りレジの方へと向かう。

 私はその姿を見送った後、桜井君がさっきまで見ていた少女漫画のコーナーを見る。

 私ですら知っている有名な作品から新刊の漫画も沢山置いてあった。


 私も、少し読んでみようかな。私は、桜井君が手に持っていた本と同じ本を手に取ってみる。


「なるほど……」


「未華ちゃん! そろそろ集合時間だよ」


 私がページを開いてみようと思った時に桜井君の声が聞こえて、慌てて本を戻した。

 少女漫画か。今度買ってみようかな。


    ◆


「待たねー! 未華ちゃん!」


「はーい! 佳子ちゃんまたねー!」


 私達はその後、すぐ解散する事になった。

 佳子ちゃんと上杉さんは家が近いということです、一緒に帰って行く。その後ろ姿を見ながら、幼馴染の距離感って良いなぁとしみじみと感じた。

 私と、湊の距離感ってどんな感じだっけな。


「よし、未華ちゃん帰ろうか」


「家の方向同じなんですか?」


「同じ方向だよ。だから送るよ」


「あー、はい分かりました」


 私は、素直に了承して歩き出す。

 今日は、少し言いすぎたかもしれないという罪悪感を感じていた。

 

 基本、何も会話を交わさず歩き、電車に乗り家に近づいていく。

 その間、ほとんど桜井君から言葉を掛けられる事はない。まあ、今日の私の態度からして当然かもしれない。

 私は、少し胸が締め付けられる。

 あれ、私は嫌われたくないのかな。


「未華ちゃん! 電車着いたよ」


「……あ、うん。ごめん」


 私は桜井君の声で現実へと戻り、急いで電車から降りる。

 私はそのまま桜井君の後ろをついて行く。

 

「未華ちゃん、家はこっち側?」


「え? あー、あっちです」


「……その前に、公園寄っていいかな?」


「あ、はい」


    ◆


「はい、レモンサイダー」


 私は、言われるがまま公園に行き、ベンチに座った。桜井君は自販機でジュースを買い私に渡してくる。


「ありがとうございます。あ、いくらのジュースですこれ?」


「ジュースくらい奢るよ」


「あなたに奢られるのは私のプライドが許さないので払いますよ」


「ノートを借りたお礼。だから、これでチャラだ」


 ノートを借りたお礼。そういえば、借りたお礼に飲み物奢るって言ってたっけ。


「……じゃあ、ありがだくいただきます」


 プシュッ!

 貰ったジュースを開けると、軽快な炭酸の音が聞こえてレモンの香りが私の周りに漂う。

 とても、爽やかな匂いだ。


「ちなみに、レモンの実の花言葉は『熱情』、レモンの花の花言葉は『誠実な愛』らしいぞ」


「詳しいですね」


「漫画の受け売りだけどな」


 私はグッとジュースを喉に流し込む。爽やかで口当たりの良いレモンの味は、一足早い夏を感じさせる。

 私はペットボトルのキャップを開けたまま炭酸のうごめく姿を見つめる。しゅわしゅわと下から這い上がってきて弾け飛ぶ。その勢いでレモンの匂いは更に増す。

 

「何を、見てるんだ?」


「炭酸の弾けて飛んでいく様を見てました。炭酸水という形から炭酸が解放されて行くなぁと。……すみません変なこと言いました忘れてください」


 私は言っていることが急に恥ずかしくなり顔を逸らす。

 炭酸に感情移入して擬人化とか何やってんだ私。穴を掘って隠れたい。


「感性豊かだね未華ちゃんは。もっと聞かせてよ」


「嫌ですよ恥ずかしい。忘れてください」


「いや、これは忘れないで覚えとくよ」


「嫌がらせですか?」


 私はパッと桜井君の顔を見る。彼は、とても爽やかに笑ってる、ように見えた。


「可愛いから覚えとくんだよ。……俺は、未華ちゃんの事気になってるからね」 


 ………え!?

 私は予想外の発言に言葉が出てこなかった。

 彼は私を真っ直ぐな視線で見つめてくるので、とっさに視線を逸らす。


「……あー、えっと。何で私が気になってるの? ですか?」


「それは、顔が好みだからかな」


「…………あ、そうですか」


 彼の答えに私は拍子抜けする。

 私は視線を合わせると、彼はまだ爽やかな顔をして笑って私を見ている。


「顔が好みってのは、理由としてダメか?」


「いやそこは個人の自由として尊重しますけど…………私は、あなたは好みじゃないですよ?」


「グサッ! 心にその言葉は突き刺さるね! あ、でも未華ちゃんのそーゆー表情も可愛い」


 私は冷たい目で見ているのだが。

 もしかして、その人ドMだった?


「なんで、私なんですか? まだ会ったばかりだし、私可愛くないですし、辛辣ですし」


「だから、顔が好みなんだって! 性格とか超どうでも良い」


「いやそれはそれでどうなの……」


「まあ、そう言う事だから。それだけは、知っておいて欲しかった」


 彼はそう言うと、恥ずかしかったのか後ろを向いて深呼吸をする。


「…………気持ちは、ありがとうございます」


 私は、また一気にレモンサイダーを流し込む。

 キャップを閉めてなかったので、とっくに炭酸は弱まってただのレモン水になっていた。

 …………苦い。


 その後も、結局何もなかったかのように公園を後にし帰路に着く。

 その道でも、言葉を交わさずただただ歩くだけだった。

 そして、いつの間にか家の前だ。


「あ、送ってくれてありがとうございました」


「これくらいどうって事ないよ」


「ちなみに、家はどこなの?」


「ここから、電車乗って3駅戻った所だね」


「え、反対方向じゃん。え、家の方向同じとか嘘じゃん」


 この人、何やってるんだ……。


「一緒に帰るための方便だから。……じゃ、また来週な」


 私は小さく手を振り彼の姿が見えなくなるまで見送る。


「あ、うん。また来週」


 私は、家の扉を開ける。


「ただいま〜!」


「あ、おかえりお姉ちゃん」


 私がリビングを覗くと、妹が漫画を読みながらゴロゴロして「おかえり」と言ってくれた。

 私は、その姿を見た後、すぐ階段を上がって自分の部屋へと向かう。


「どしたのお姉ちゃん」


 私の後ろをついてきた妹がパッと言った。


「今日は疲れたの。晩御飯の時に呼びにきて」


「うん、分かった。…………お姉ちゃん、耳赤いよ?」


 私はバタンと勢いよく自室の扉を閉じて、すぐベッドに寝転んだ。

 …………はぁ。今日はとても疲れる1日だったけど、佳子ちゃんと遊べて楽しかったな。


 それに、「気になってる」ねぇ。

 残念ながら、私はまだ桜井君は苦手なタイプだ。

 でも。好意を向けられると、悪い気はしない。


 私は、そのまま眠りについた。

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