第4話 負けたヒロインは諦めない
「せんぱぁ〜い。少し、お話しませんかぁ〜?」
私と同じく、
去年の秋、彼女は学校祭で
「なんで、こんな時間に私の所に来たの?」
「ちょっと、見てもらいたいものがあるんですよぉ〜。少し歩きませんか?」
「寒いのは嫌なんだけど」
「行かないなら私はずっとここに居ますよぉ〜」
私は、行かないと彼女がここに本当に留まり続ける事を知っているのでコートを着て外へ出る。
すっかり日は落ち、月明かりが綺麗だった。夏に近付いてはいるが、夜はとても肌寒い。
彼女が前を歩き、私はその後ろに付いていった。
「どこに向かってるの?」
「秘密です」
「なら、私は帰るけど」
「特別に教えてあげましょう! ……
「……は?」
私は、楓ちゃんの発言に足を止める。
すると楓ちゃんは、私の方へと向き直す。未だに、笑顔は崩さない。
「ねえ先輩。今日は
「……一緒に勉強するって言ってだけど」
「だから、邪魔しませんか?」
「……私は、もう帰るわ」
私は後ろを向き、私の家の方向へと歩き出す。
バカバカしい。楓ちゃんは、二人の仲を邪魔しようとしてて、私も巻き込もうとしている。
私は絶対にそんな事したくない。
「そうですか。なら、私一人でお二人の良い雰囲気の所で突入しますね。そしたら、先輩は知りながらも止めなかった、傍観者になりますよ」
楓ちゃんは、私を煽るように語りかけてくる。いや、これは脅しだ。
来なければ、悪事を見過ごしたことになるぞと、彼女は私に言っているのだ。
「……あなたを、監視するために付いていくわ。邪魔はさせないわよ」
私は楓ちゃんの方へ向き直し、睨みつける。楓ちゃんは何も言わずにまた歩き出した。
面倒な事に巻き込まれてしまった気がする。
風は、とても冷たく心をも凍らせていった。
◆
「あ、カーテンから光が漏れてる!」
「本当に家の前まで来てしまった……」
私達はあれから20分ほど歩き続け、芽衣ちゃんの家の前まで来てしまった。
そして、近くの電柱に隠れて家の様子を伺っている所だ。
いやこれめちゃめちゃ不審者だ……
完全にストーカーだ。なんで私がこんな事やらないといけないの……
「先輩。こーゆーの久しぶりですねぇ」
楓ちゃんは楽しそうに笑いかけてくる。
「ストーカーが久しぶりとか嫌なんだけど」
「えぇ〜! 去年、
グサッ!
そういえば、過去に似たような事をやったことがあったのを思い出す。
湊がデートするというので、気になって後を付けてしまったのだ。その時、楓ちゃんも一緒に行動したのだった。
昔の私の黒歴史だ。まさか、またこんな事に手を染めてしまうとは……。
私達はそれから15分ほど何もせずにただ張り込みをする。
楓ちゃんの用意してくれた温かいお茶を飲みながら、ただただ時間だけが過ぎて行った。
特に進展はないので、私は楓ちゃんと会話をして寒さを紛らわしていた。
「楓ちゃんって、なんで
「そんなの、私をイジメから救い出して、学校に行けるようにしてくれたからですよぉ〜」
「そうなんだ」
「……え、先輩もしかしてぇ〜、忘れてますぅ? それ、先輩も一緒に助けてくれたんですよ」
「……あー、覚えてるよ?」
「疑問系!? はぁ……私先輩に、一応感謝してたんですけど」
「一応ってなに!?」
私は、目の前で意外とマジで凹んでいる楓ちゃんの姿を見て、記憶を必死に思い返す。
ーーーーーーーーーー
高2の5月頃。
桜はすっかり散り、新入生も生活に慣れ始めて、この学校の騒ぎ(
「え、家庭訪問?
放課後、湊に呼び出された私は二人で歩きながら用件を聞く。
「そうそう。一年生でほとんど来てない子がいるんだって。その子の家に行って事情を聞いてきて欲しいって」
「なるほどねぇ。不登校か。……でも、なんで湊が? 学年も違うのに、その子と接点あったの?」
「いや全く。 今日は、生徒会長の代理だよ」
うちの高校の生徒会長の
どうやら、とても
「
「あー、芽衣さんの時も大変だったもんね」
数週間前にあった事件を思い返す。あの有名な光里芽衣の転入ということもあり、学校中で話題になっていたのだが、記者の人が学校に張り込み光里芽衣を追いかけ回す問題が発生。
学校側も色々措置は取っていたが、中々芽衣さんの平穏は訪れなかった。
そして、花園先輩は同じクラスの私達に目をつけ、学校にいる間の護衛を任されたのだった。
その後色々あってその問題は落ち着き、芽衣さんと仲良くなることも出来た。
花園先輩は、私達を便利な駒だと思っているのだ。
「……で、今回は不登校? 相手が望んでない事をやるのは違うんじゃないの? 芽衣さんの時は、芽衣さんの意思があったけど今回は違う。そういうセンシティブな問題に、首を突っ込むのはどうなのかしら」
私は今回の件に関して感じた事を吐露する。
不登校が悪いとも良いとも思わないが、問題解決を部外者がするのに意味はあるのだろうか。
「それは確かにあるね。……別に俺は無理矢理引っ張り出したり、学校に行かせようとは思ってないよ」
「じゃあ、なんで引き受けたの?」
「俺、後輩が欲しかったんだ」
湊は爽やかに笑う。
その姿を見て、私はふと笑みが溢れる。
こいつ、本気で言ってやがる。
「
「ほら、可愛い後輩ちゃんに会いに行こう」
「後輩って男の子?」
「いや女の子だよ」
「いやなんで
◆
後輩ちゃんの家は、立派な一軒家だった。
私達は、家に着くと既に後輩ちゃんの母親が家の前で待っていてくれた。花園先輩から連絡が入っていたらしい。
家の中にお邪魔させてもらうと、広いリビングに通され、ソファに腰をかけた。
お茶を頂き、母親から話を聞く事10分、階段から彼女は降りてきて、テーブルを挟み私達の前に座った。
「えっと、君が楓さん?」
「そうです」
彼女は下を向きながらも、すぐ湊の言葉に返事を返す。
てっきり、部屋から出てこないのかと思っていたが、頻繁に外を出歩いているらしい。
「楓さん。私達は」
「
「あ、そうなんだ……花園先輩とはよくお話するの?」
「電話で何度か。あの人、声と話し方はとても優しい感じなのに、発する言葉が慈悲のない事実だけ詰め込んだ弾丸なので嫌いです」
「へ、へぇ……」
不登校児への電話でも、容赦ない言葉は健在らしい。あの人、こういうの絶対向いてないよ。
「それで、楓さんは今後どうしたいのかな?」
湊はさっそく本題を切り出す。
彼女の意思を尊重しようと言うわけだ。
「そうですね……そろそろ頃合いですし、1ヶ月間毎日ここに来てくれたら学校に行きますよ?」
「……理由を聞いても?」
私は疑問に思ったので理由を聞いた。
イジメなら、解決して欲しいとか。行きたくないなら、家にいたいとか。しっかりとどちらなのか提示してくれると思った。
しかし、彼女は来てくれたら行く。つまり、こちらに判断を委ねている?
彼女は、初めて顔を上げて私の目をしっかりと見つめてくる。
「だって、1ヶ月毎日私のために来てくれるんですよ? それだけ、言われて仕方なくでもやり遂げるほどの気持ちなら、こちらもそれに応えようかなと。言わば、承認欲求ですね」
「……承認欲求、ね」
彼女は淡々と理由を述べた。
彼女の真意を確かめようと、私が話そうとした瞬間、湊は私の前に手を出して押さえ込む。
「分かったよ。俺が、1ヶ月毎日来れば良いんだね?」
「はい。出来たら、学校に行ってあげます」
彼女は、今日初めて笑顔を見せた。
その後、私達3人でボードゲームをして解散した。
それから1ヶ月間、本当に湊は毎日彼女の家に足を運んだ。たまに、私や芽衣さんも一緒に行って楓ちゃんと遊んだ。
そして1ヶ月後。
「せんぱぁ〜い! おはようございますぅ〜!」
朝、私は珍しく一人で学校に向かっていると後ろから声を掛けられた。
「おはよう……って、え!? もしかして楓さん!?」
「はい! 私は今日から学校に行く事になりましたぁ〜!」
彼女は、言葉通り本当に学校に来た。
家では、そのまま下ろしていた長い髪は、ツインテールになっている。
さらに、語尾を伸ばすような話し方で凄く印象が変わっていた。
「楓さん? その話し方はなに?」
「あ〜、これですかぁ〜? 湊先輩にぃ〜、キャラ付けして仮面を被った方がモテるし、傷つかないと言われたので一生懸命練習したんです〜!」
「へぇ……
湊、こう言う女子が好きなんだ。
私は楓さんと話しながら学校へと向かった。
その日から、彼女は私達と一緒に行動を共にする事が増えて、ヒロインの一人として前線を張っていたのだった。
ーーーーーーーーーー
私が知ってるのはこれだけだった。
彼女が抱えていたものや変わるきっかけ。その何もかも私は知らなかった。
きっと、
あれ。私は楓ちゃんのことを知らないんじゃないかな。
「先輩、思い出しましたか?」
楓ちゃんは私の顔を覗き込み笑っている。
「うん、思い出した」
「なら良かったです」
そういうと、彼女はふたたび芽衣ちゃんの家の方をジーッと見つめる。
そういえば、芽衣ちゃんの家の監視してたんだっけ。
私も、家の方をジーッと見る。まだ明かりはついているので寝てはいないだろう。
いや、なんで私まで真面目に監視しちゃってるんだ。
「……なんで、1ヶ月家に行ったら学校に来てくれたの?」
私は、自然と疑問が口から溢れた。
楓ちゃんは、目を見開いて私を見たが、すぐに元に戻って微笑む。
「先輩。やっと私のこと深く知ろうとしましたね」
「……少し、気になっただけ」
「私は、気になってくれるだけで嬉しいですよ〜!」
楓ちゃんは抱きついてくる。とても肌は暖かくて心も温まる。
「そんな大した理由じゃないですよ〜! ……ただ、私を見て欲しかったんですよ。湊先輩は、1ヶ月間私を見てくれた。私のためにしてくれた。それで、私は認められたかっただけですよ」
楓ちゃんは優しく呟く。
「だから、私は認めてくれた
「そう、なんだね」
それが、
「だから、私は先輩のこと諦めませんよ。付き合いが始まるのがゴールじゃないんですよ? 少し、先越されただけなので、いくらでも策はあります。だから、
「私は、あの二人の幸せを願って」
「先輩は、それで良いの?」
楓ちゃんは、冷たい眼差しで私を見つめる。それで良いのか。その言葉は、とても重く私にのしかかる。
「私は……このまま」
「あー! 電気が消えたぁー!」
「え?」
私の言葉を遮り、楓ちゃんは身を乗り出す。
楓ちゃんの視線の方向を見ると、芽衣ちゃんの家の電気が消えていた。
「芽衣先輩、とうとう手を出しやがりましたね。あーもう見てられないピンポンダッシュしてやりますよ。あー卑猥JKここに極まれりですよ犯罪者ですねこの野郎」
楓ちゃんは目の色を変え走り出そうとしたので、私は必死に押さえつける。
別に犯罪者じゃないし、私たちの方が不審者で犯罪者になりそう。
「ダメだよ楓ちゃん!」
「淫乱女子高生めー!」
楓ちゃんの、悲鳴とも取れる声が夜の住宅街に響き渡る。
「誰が淫乱女子高生なのかしら楓さん?」
背後から、鋭く美しい声が聞こえて、私の背筋は凍る。
ゆっくりと後ろを向くと、そこには買い物袋を持った芽衣ちゃんが立っていた。
「……せんぱぁ〜い! 会いたかったです〜!」
さっきのが無かったかのように振る舞う楓ちゃんを見て、芽衣ちゃんは頭を抱える。
「はぁ……話、聞かせてもらうわよ」
「あ、待って下さいよぉ〜! 痛い! 引っ張らないで下さいよぉ〜!」
楓ちゃんは芽衣ちゃんに襟を掴まれ引っ張られていく。
「……私は、帰っていいかな芽衣ちゃん」
「良いわけないでしょ」
「ですよね分かってました」
私は、家に入っていく芽衣ちゃんに私はついて行った。
はぁ。これからどんな拷問をされるか、想像するだけで胃が痛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます