第3話 気になるあの子

「あ、サッカー部やってるやってる」


 私は、桜井という男子に借りパクされたノート奪還のため、彼が練習している、サッカー部のグラウンドまで来ていた。

 少しずつ落ちていく夕日の中、サッカーゴールのある土のグラウンドではサッカー部が、少し離れた端の方には、野球部のスペースがあった。


 私は、グラウンドの芝生のところから桜井君を探す。

 すると、奥の方で往復しながら走り込みをしている姿を見つけた。

 私は呼ぶために、一歩踏み出すと


「あれ。あなたもサッカー部の練習を見に来たの?」


 後ろから、声をかけられる。

 そこには、髪の毛を金髪に染め、クルクルに巻いた私より背の低い小柄な女子が立っていた。

 別に髪の毛の色に規則はないけど、目立ちすぎでは。


「いや、その。桜井君に少し用事が……」


「あ、萊斗らいと君に? ふ〜ん? あのカッコつけ萊斗にこんな彼女が居たとは」


「いえただの友達……いやほぼ他人のクラスメイトです」


 私は速攻全力で否定する。その勘違いはされるとめちゃめちゃ不名誉だし困る。


「その様子じゃ、本当に嫌がられてる感じ? 萊斗ウケる! まあ萊斗君の行動は最初は若干引くよね」


 良かった。理解ある人らしい。

 

「あの、あなたは?」


「え、あたしの事? 私は3年2組、神城佳子かみじょうかこよ。よろしくね」


「神城さんですね。あ、私は暗闇未華くらやみみはなと言います」


暗闇くらやみさん……変わった苗字ね」


「ははは……よく言われます」


「未華さんよろしくね」


 神城さんは、歯を出してニコッと笑う。とても、可愛い人だ……。派手な格好をしているが、童顔でとても可愛らしい。小動物のようだ。身長も150センチほどだろうか。


「……それで、神城さんはなんでサッカー部の練習を?」


「あたしの男友達がサッカー部にいるのよ。あいつがサッカーしてる姿が好きだから、よく見にくるのよ」


 神城さんは優しく微笑みグラウンドを方を見つめる。その先には、1人の男子が立っていた。周りの部員へ指示を送ったり、声掛けをしている。

 キャプテンなんだろうか。


 私もぼーっとグラウンドを見ていると、神城さんは私の方を向く。


「そうだ! 未華さんも一緒にサッカー部の練習見ない?」


「あ、私は桜井君に」


「うちの学校のサッカー部は弱小で、中々一緒に見る人が居ないのよね! ねえ、どう?」


「……わかりました。良いですよ。一緒に見ましょうか」


 私は神城さんの熱量に負けて、承諾する。この後予定があるわけでもないし、別に見て行っても支障はない。

 それに、彼女は悪い人では無さそうなので、仲良くなれそうな気がしたのだ。


「こうやって一緒に話せる同姓は初めてだわ! あ、まずサッカーというのは、あの白い枠の中にボールを入れ」


「それくらい知ってますよ」


    ◆


「おい桜井! 遅刻してきたからダッシュしてろ!」


「ごめんって上杉! ちょっと待ってこれキツくないか!?」


「つべこべ言わずとっとと走れー!」


 俺、桜井萊斗さくらいらいとは完全に忘れていたサッカーの練習にかなり遅刻して参加した。

 この学校のサッカー部は弱い。それは、教える顧問が居ない事、上の学年が弱かった事、人数が少ない事など様々な理由がある。3年生だって3人しか居ない。

 だから、参加してもしなくても対して変わらないのだが、今年は上杉が本気らしい。といっても、一回戦突破が目標だが。

 でも俺は、今たまらなく楽しかった。


 俺は、ノルマまで走り込みを終え、キャプテン上杉の元へ向かう。


「上杉、走り込み終わった。これからどうすんの?」


「おお桜井。これから、5対5のミニゲームをする。だから準備しとけ」


「りょーかい」


「それと」


「うん? どうした?」


 上杉は、グラウンドの端の方の芝生を指差す。

 

「あの佳子が女子と一緒にいるんだが……天変地異か?」


 そこには、遠くからでもよく目立つ金髪の佳子と、その隣には未華ちゃんがいた。


「あれ、未華みはなちゃ……未華さんじゃん」


「知り合いか?」


「さっき図書室で一緒に勉強してたクラスメイトだよ」


「へえ。お前の差し金か」


「ちげえよ」


 なんでここに居るんだ。佳子と友達だったのか?

 いや、佳子からそんな話は聞いたことがない。


「もしや……俺に惚れて、勉強を切り上げて付いてきたな?」


「多分それだけは無いと思うぞ」


「酷くない!? 俺だって可愛い女の子にモテたいけど!?」


「喋らなければお前はモテるんだけどなぁ。人との距離感の取り方が致命的だからなぁ。空気読めないからなぁ」


「おいそれどう言う意味だよ」


 俺は上杉を問い詰めようとするが、そそくさと練習に戻り、後輩へ指示を出し始めた。

 仕方ない。未華ちゃんの事は後回しにするか。


    ◆


「ミニゲーム開始!」


 キャプテンの上杉さんの声を共に、笛が鳴りゲームがスタートする。


 私は、神城さんと芝生に座り、練習を眺める。


風磨ふうまあいつカッコいいでしょ?」


「あの中心の人ですよね。確かにスラッとしてますね」


 神城さんが指す風磨と言う人は、サッカー部の部員達には「上杉さん」と呼ばれていた。


「あいつのサッカーしてる姿が好きなのよね。一生懸命やってて。昔から変わらないのよ」


「昔からの知り合いなんですか?」


「うん。あいつとは幼馴染よ。生まれた病院も同じだし、誕生日も1日違いなの」


「……幼馴染、ですか」


「腐れ縁だわ」


「……好き、なんですか?」


「どう、なんだろ」


 神城さんは地面を見ながら、優しく微笑む。


「私が、あいつから離れられないだけよ」


 離れられないだけ。その言葉が、ずっしりと心に重くのしかかる。


「……好きって気持ちは、伝えれるうちに伝えといた方が良いですよ神城さん」


未華みはなさん、その言葉に凄く重みを感じるわ。あなたの経験談?」


「……ええ。経験談です」


 私は神城さんと見つめ合い、お互いフッと吹き出して笑う。

 だんだん冷え込んできた風が芝生を揺らし、2人の声を遠くへと流す。


「未華さん。あなたと仲良くなれそうな気がするわ」


「私もですよ」


 そう言うと、神城さんは立ち上がり、グラウンドの方に向けて叫ぶ。


風磨ふうまー! 萊斗らいとなんかに負けるなよー! 練習でも、勝て!」


 神城さんは叫び終わると、スッキリした様子で私を見てくる。


「未華さんもやらない?」


「絶対やりません」


 彼女の叫びが聞こえたのか、上杉さんのチームは桜井君のチームにバンバン点を入れ、6-1で上杉さんチームの勝ちで終わった。


    ◆


 試合終了後、練習終了時間となったので、片付けに入り始めた。

 俺は、着替えるために更衣室に戻ると、上杉が俺に寄ってくる。


「お、桜井お疲れさん」


「お疲れさん。……お前、佳子ちゃんパワーでやる気出しすぎじゃないか?」


「……いやいや。関係ないぞ。元々あれくらい出していた」


 上杉はそう言いながらも、俺から視線を逸らす。

 分かりやすいなこいつ。


 上杉はロッカーの中から眼鏡を取り出し装着する。


「おい桜井。そういや、お前の差し金の女子の所には行かなくて良いのか?」


「あ、そういえば。……ちょっくら行ってくるわ」


 俺はすっかり忘れていた未華ちゃんの事を思い出して、すぐに帰る用意をして更衣室から出た。


    ◆


「おーい、未華さんー!」


 私が神城さんと話していると、遠くから桜井君が走ってやってくる。


「どうしたの、こんな所に来て。もしかして俺を見に来てくれた?」


 桜井君はニコッと笑い、私の方を見つめてくる。

 私は、少しイラッとしたので端的に用件を話す。


「ノート返して」


「……あ」


 桜井君は、今思い出したように驚いて固まってしまう。


萊斗らいと、借りパクしてたんだ」


 神城さんは冷たく桜井君に言う。

 桜井君は慌てた様子で、鞄を漁りノートを取り出す。


「行く前に返そうと思ってたのに、完全に忘れてたわマジでごめん」


「いえ。別に取り返せたので問題ないです」


 私はノートを受け取り鞄へ仕舞う。


「本当ごめんね未華ちゃん」


「ちゃん付けやめて下さい」


 私は冷たい目で桜井君を睨む。


「じゃあ、私が未華みはなさんのこと未華ちゃんって呼ぶー!」

 

 神城さんは私に飛び付き、ニコニコして言う。

 抱きしめられていて、中々身動きが取れない。


「……別に神城さんなら、良いですよ」


「やったー! ありがと未華ちゃん!」


「え、俺は?」


「嫌です」


「ええ……」


 桜井君は少し落ち込んだ演技をして、すぐに笑顔に戻る。

 やっぱり、この人は全体的に嘘っぽくて軽い。


「あ、未華ちゃん? 私の事も神城さんじゃなくて、佳子かこって呼んでほしい!」


 未だに離れない神城さんに、熱いキラキラとした眼差しを向けられる。


「……分かった。佳子。よろしく」


「よろしく!」


「女子だけでイチャイチャしやがって……俺も混ぜてほしい」


 目の前に居た桜井君が何か言っていたが、私はスルーをした。

 

 その後、私は佳子とだけ連絡先を交換して家に帰宅した。


    ◆


「お姉ちゃん。お客さんが来てる」


「え、こんな時間に?」


 夜9時頃。お風呂に入りポカポカした気分でアイスを食べていると、誰かが来た。

 私は、玄関へと向かう。


「こんばんは〜! 久しぶりですね先輩」


 ラフなTシャツに、短パンを履いている少女が立っていた。

 ツインテールの髪型は今でも健在で、私を上目遣いで見てくる。


かえでちゃん……こんばんは」


 彼女は、名取楓なとりかえで。現在うちの高校の2年生。つまり後輩。


 そして、去年。彼女は私と芽衣ちゃんと共に、みなと

 私以外の、負けたヒロインである。


「せんぱぁ〜い。少し、お話しませんかぁ〜?」


 彼女は満面の笑みで私に語りかける。

 どうやら、彼女の小悪魔っぷりは健在らしい。

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