10 天使と聖女の逃亡

夜も更けて皆が寝静まった頃。

俺はそっと教会の敷地に忍び込んだ。まっすぐに聖女のもとに向かう。

聖女は冷たい檻の中で体を横たえ、眠っていた。

小さく檻をノックすると聖女はゆっくり瞼を開けて体を起こす。


「……どなた……?」


掠れた小さな声だった。

話すことは出来るのだとわかり一安心する。


「はじめまして、天使です。あなたを助けるためにやって来ました」


出来るだけ優しく語りかければ聖女は目を真ん丸に見開いた。

昼間の人形のような姿が嘘のようだ。


「少し離れていてください、ここを開けます」


そう告げると聖女はこくりと頷いて反対側までゆっくりと離れる。

動作が慎重なのは手足の鎖から音がしないように気を付けているからだろう。

鉄の格子をぐっと掴み力を自分の持つ天使の力を流し込む。すると冷たく硬い格子がグニャリと歪んで大きな隙間ができた。


「こちらへ」


手招きすると聖女は再び鎖に気を付けながら近付いてくる。

聖女の手枷、足枷にそれぞれ力を送り込むと格子の様に柔らかくなった。ゆっくりと枷を外してやり聖女をそっと抱き上げる。

その体は可哀想なくらい軽かった。


「捕まっていてください」


そう告げると聖女は頬をほんのりと染めてこくんと頷いた。

俺は聖女を抱いて檻から飛び去り教会から聖女を連れ出した。











暫く夜空を飛びやがて俺達は古い小さな建物にたどり着いた。

ここは教会の跡地だ。

周辺の村人が通っていた場所だったが村の過疎化が進むに連れて誰も訪れなくなり、数十年放置されている。建物は劣化はしているが少し滞在するくらいなら平気だろう。

少し休憩した後は、聖女を連れて他の国へ行くつもりだ。

他国ならば聖女を大事に扱ってくれるはず。


「聖女様、私はあなたを他国へお連れしようと思います。他の国ならば聖女様に相応しい扱いをしてくださるでしょう」


そう言うと聖女はふるふると首を横に振った。


「……私は、この国を出るわけにはいきません。私は……この国の聖女、です。この国の人々を愛しています」

「しかし、この国にいたままでは教会の人間に見つかりまた捕まってしまうかもしれなせん。あなたもあそこから外に出ることを望んでいたではありませんか」


助けを願うほどに逃げたいと思っていたはずなのにこの国からは出ないと、それどころか自分を酷い目に合わせた人々を愛していると言うのか。

思わず声を荒げた俺に聖女は目を伏せる。


「我儘なのは百も承知です……教会には、戻りたくありません。けれどこの国を見捨てたくはないのです……」


我儘ではない、とは言えなかった。

一人で逃げ出すことも出来ないくせに、この国に留まればいつか教会の人間に見つかり連れ戻される危険が高いのに、それでも祖国を離れたくないと言う。


「あの檻から、助けてくださった事は本当に感謝しています。ですがどうか、私の事はこのままに……何とか、一人で生きて教会に頼らずとも人々を救えるような力を身に付けてみます」


今の彼女にそんな事が出来るとは到底思えない。

もし俺が見放すようなことになれば一日も持たずに怪我や事故で死んでしまいそうだ。聖女を檻から助け出した責任がある以上、それを良しとするはずがなかった。

無理矢理他国へ連れていったところで、やはり祖国が気掛かりだと戻ってきてしまうことも考えられる。


「…………わかりました……あなたがしっかり一人でいきられるようになるまで、私が手を貸します。私にはあなたを檻から出した責任がありますから」


神様へ後で報告しなければと考えながら聖女の願いを聞き届けるとふいに手が掴まれた。

視線をあげると嬉しそうな聖女の笑顔があった。


「ありがとうございます!」

「……どう、いたしまして……」


初めて見た聖女の笑顔に、困惑したことは今でも覚えている。


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