11 天使は悪魔に 

聖女と共に教会を抜け出した日から早くも半年が経過していた。

あの後、教会のある街から大分離れた小さな村にたどり着いた俺達は空き家を借りて暮らすことにした。

正体がバレないように人間に変装し、聖女は綺麗な髪をばっさりと切り落した。

そして兄妹のふりをして村に溶け込んだのだ。

村人達が優しい人ばかりであったことも幸いし、穏やかな日々を送っていた。


「では、夕方には戻りますので」

「はい。気を付けて行ってきて下さいね」


その日、俺は山菜採りに出掛けた。

聖女に見送られ家を出る。

この半年で聖女は見違えるほど美しくなった。檻の中にいた頃も美しかったが村で生活するようになって体力もつき、活力が増した気がする。

村の年頃の男達が聖女に好意を向けているのが気にはなったが、俺は聖女の変化を好ましく思っていた。


山菜を取り終えて村に戻ると村は妙に静かだった。

家畜の鳴き声以外、人の声が聞こえない。嫌な予感がして村の中央広場に向かった。

ここならばいつも村の人達で賑わっているからだ。

案の定、村人達は広場に集まっていた。何かを囲むように輪を作っている。

こんなに人が集まって何をしているのかと村人達の間を抜けて前方に進み出てみれば、そこには手足を縛られた聖女が転がされていた。


「何をしている!」


慌てて声を荒げ駆け寄ろうとすれば白い影が表れそれを遮った。

それは半年前、教会で俺を聖女に引き合わせたシスターだった。

よく見れば他にも何人かのシスターがいて聖女を囲んだり村人達が近付かないように牽制している。


「今から神聖な儀式を行うのです。近付いてはなりません……おや?あなたは以前教会にいらっしゃった……」


シスターは俺が人間に変装した時の顔を覚えていたらしい。


「もしやあなたが我らの聖女様を拐った不届き者……!?きゃあっ!」


天使は目の前のシスターを思い切り突き飛ばすと聖女の元に駆け寄った。何やら匂う液体をかけられていてぐったりしてはいるがまだ意識はある。


「大丈夫ですか!?」

「……っ……」


聖女が何かを伝えようと唇を震わせるが囲んでいるシスター達を代表した一人が声を荒げ邪魔をする。


「神聖な儀式の邪魔をするとは……!我々に対する反逆と見なしますよ!」

「……これが神聖な儀式、だと?」


天使は聖女様を守るように抱き抱えながらシスターを睨む。

しかし彼女は少しも怯みはしない。


「えぇ、そうですよ。俗世という汚れに染まってしまった聖女様を聖なる炎で浄化するのです。一度天の国へお送りし、また清らかな魂と肉体で我らの元に帰ってきていただく。これはその為の儀式なのです」


つまりは聖女が教会の外に出て穢れたから焼き殺して綺麗な体と魂にすると言うことか。

恍惚の表情で語りだしたシスターはどう見ても正気ではない。


「神様がその様な事をお許しなるとお思いか!勝手な理由で人の命を奪おうなどと、悪魔と変わらないではないですか!」


俺の知る神様はこんな蛮行を許したりはしない。

神様とて命を奪うこともあるがそれは背景に人間には計り知れない程の大きな事情を抱えている時だ。

けしてこのシスター達のように真偽を確かめもせずに強行するような事はない。


「なんと言うことでしょう……教会に尽くす我々を悪魔だなんて……!この者も聖女様の様に穢れてしまっているのですわ……!悪魔よ、立ち去りなさい!」


シスターは顔を歪めたかと思うと足元に落ちていた石ころを拾い上げ俺と聖女に向かって投げつけてきた。


「悪魔に浄化を!」

「悪魔を追い出し我らに栄光を!」

「聖女様をお救いするのは我らの役目!悪魔よ去れ!」


それに続くように他のシスター達も石を投げ始めた。

俺は聖女を守るためにその攻撃に耐える。

その姿をみた村人達は戸惑っていた。


「お、おい……そこまでやるのか?」

「けど……あれは悪魔なんだろ。だったらここで追い出さないと俺達が呪われたりするかもしれんぞ」

「けど、俺はあの二人に親切にしてもらったんだ……浄化っていいながらシスター達、あの二人を殺そうとしてるじゃないか。本当に教会の人間なのか……?」


止めさせる度胸もなくこそこそと話していた村人達にシスターが一人近付いてきた。


「ここで悪魔をしっかり浄化しなければあの二人が救われないだけでなく、この村に不幸が訪れますよ。家畜が死に絶え、伝染病が流行り、作物が育たなくなるでしょう……恐れることはありません。我々は神の代弁者、我々が是とすればそれは是であるのです。あなた方が浄化に手を貸せばその功績を称えられるでしょう」


強い口調でそう告げながら村人達に石を渡す。


「さぁ、神の名の元に悪魔を退け浄化するのです!」


石を渡された村人達は躊躇いながらも、シスターに逆らえば自分達が酷い目に合うとこちら目掛けて投げはじめる。

一人が石を投げればもう一人、また一人と次々に石を投げはじめた。


「う、っ……ぐ」


石が体を打つ度に俺の口から呻き声が零れる。

それでも聖女を離すつもりはない。

俺はなにがなんでもこの聖女を守るんだ。


「……もう、いいから……離して下さい……」


このままではあなたが、と声を震わせる聖女に微笑んで見せる。


「大丈夫です。聖女様は私がお守りします……ぐっ」


そう告げた瞬間、頭部に石が命中し血が流れた。

いくら天使と言えど人の身である以上、怪我もするし血も流れる。

しかし耐えられない程ではない。


「……ごめんなさいっ……」


不意に小さな謝罪が聞こえた。


「聖女様……?」

「私の……せいで……あなたを巻き込んでしまっ」


言葉を紡ぐ聖女の体が大きく震える。

いつの間にか近付いていたシスターの一人が刃物を聖女の胸に突き立てていたのだ。

聖女の言葉に気を取られた俺はシスターの接近を許してしまっていた。

聖女の胸がじわりと赤く染まっていく。


「っ……!!」


慌ててシスターを突き飛ばして引き離すが刃物を抜くことも出来ない。抜いた瞬間血が溢れてしまい聖女は命を失う、けれどこのままでも危険なことは明白だ。


「どうしたら……、天使の力ならまだ…っ!」


俺は人間の姿への変装を解き、天使の力を使って聖女を救おうと手を翳す。

しかし聖女はその手をそっと掴み首を横に振った。


「この半年……すごく……楽しかった。もう……何もいりません……あなたに出会えて、幸せだった」

「何を言ってるんですか!まだまだこれから、あなたは幸せになるべきなんです!俺が……俺が、幸せにしますから!だから生きてください!!」


説得しようとするも聖女は首を横に振るばかりだ。

だんだん血の気が引いていく。死がそこまで迫っている。しかし救う術を他ならぬ聖女によって封じられている。


「ありがとう……大好きです。あなたは私の……はじめての家族……だから」


不意にぽと、と天使の手を掴んでいた温もりが落ちた。

聖女の息は止まっていた。







そこからの事はうろ覚えだ。

天使は聖女を死に追いやったシスター達とそれに荷担した村人を全て殺した。

憎かった、許せなかった……そしてただ悲しかった。

憎んで、嫌って、暴れて、殺して。





気が付いたら真っ白だった天使だった俺は真っ黒な悪魔になっていた。


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