6. 占い師
それからアリシアとリュシイが二人でいるときに、侍女たちと鉢合わせたり、すれ違ったりすることも多々あったが、以前のように陰口を叩かれることはなくなった。
それどころか、リュシイに気付くと、深く礼をしていく。
「いったい、どんな噂を流したのでしょう」
リュシイは首を捻っている。
侍女たちは遠巻きに見つめるばかりで、リュシイに接触しようとしない。
ときどき、肘を小突きあいながら話し掛けようとするが、顔を向けるとぱっと散ってしまう。
「ここまで効果があるとは思わなかったわ」
アリシアは感心したようにうなずいた。
しかしある日。
二人で廊下を歩いていると、後ろから侍女たちに呼び止められた。
「なんでしょうか?」
振り向いてアリシアが問うと、三人の侍女が相手を小突きあいながら、言葉を探している。
「あのう」
一人の侍女が、他の二人に負けたのか、意を決したようにリュシイに向かって言う。
「あなたは、占い師なのでしょう?」
「ええ、まあ……そんなものですが」
リュシイが首を傾げて言うと、侍女たちは口々に、ほらやっぱり、などとはしゃいだ様子で言う。
リュシイは一人、訳がわからないようで、首を傾げている。
その様子を見た侍女が口を開いた。
「昔は、占い師の方もいらっしゃったようなのだけれど、陛下はそういう類のことはお嫌いみたいで、今は誰もおりませんの。それを私たち、残念に思っておりましたのよ。嬉しいわ、また城内にそんな方がこられて。陛下もどういった心境の変化なのかしら」
彼女たちははしゃいだ様子で続ける。
「ね、でしたら私の未来とか、見ていただけないかしら」
「いやだ、ずるいわ。私だって」
予言と言われると皆、警戒するのに、占いならば受け入れられる。
アリシアは、それを冷めた目で見つめた。
曖昧さがいいのかもしれない。アリシアにとって彼女の予言はずっと、恐怖の対象だった。
今はリュシイの穏やかな物腰に、ずいぶんと絆されてしまってはいるが。
「申し訳ないのですが、陛下の許可なくお答えすることができなくて」
リュシイはそう、淀みなく答えた。
侍女たちはその言葉に、小首を傾げる。
「あら、そうなの?」
「ええ……すみません」
リュシイが少し頭を下げると、侍女たちは顔を見合わせて肩をすくめた。
「陛下のご専属ということなのかしら」
「仕方ないわ、陛下のご命令であれば」
侍女たちは意外にも、すんなりと引き下がる。
「申し訳ありません。いずれお答えすることもできるかもしれませんが」
心が痛んだのか、リュシイがそう言う。
それで侍女たちは尚更、納得したようだった。
「ああ、まだ正式に雇用された訳ではないのでしょう。軽はずみには占えないわ」
「そうね、では楽しみにしていましょう」
そうして彼女たちは笑いながら立ち去っていった。
けれど彼女たちがもしリュシイの予言を聞いたなら、同じように笑えるのだろうか、と思わずにはいられなかった。
「行きましょう」
彼女をうながして、廊下を進む。
図書室に到着すると、リュシイは顔を上げて、アリシアに訊いてきた。
「あの、私、占い師ということになっているみたいなのですけれど、なにかご存知ですか?」
きょろきょろと辺りを見回して、周りに誰もいないことを確認してそう言ってくる。
アリシアはその言葉にうなずいた。
「そうよ。その話は私が流したの」
えっ、と短く言ったあと、絶句している。
アリシアは肩をすくめて言った。
「だって、じいさまがそう言えって言うのだもの」
じいさまとは、言わずと知れた人のことだ。
「どうして?」
「さあ。でも急に『地震が起きる』って言われるよりは、そのほうがいいとお考えなんじゃないかしら」
いずれは城中の者に予言を伝えるつもりなのだろう。
アリシアは首を左右に振って、再度、誰も図書室内にいないことを確認すると、リュシイに顔を近づけた。
「こんなことを訊くのはどうかと思ったのだけれど」
「なんでしょう?」
「夢の中では、その……、死んでいる……人は、いた?」
自分の声が、わずかながらに震えているのがわかった。
「……いいえ、私の夢の中には」
少女は首を横に振る。
「それ、本当? 心配させまいと嘘をついているのではなくて?」
「ええ。神に誓って」
リュシイは力強く、そう言った。
その言葉に、アリシアはほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ」
自分の声に、いくらかの明るさが戻った。
「もしかしたら、誰も亡くならないかもしれないということよね」
「ええ」
「だったら頑張らなきゃ。私たちが頑張れば、きっと皆、助かるわ」
いつの間にか。
私は、いつの間にか、この少女の言葉を信じるようになっている。
自分の心の中を見渡して、そう思う。
でももう、どっちだっていいではないか。
地震が起きるにしろ、起きないにしろ、とにかく頑張るのだ。
それでいい。
少女は、アリシアの言葉に何度か目を瞬かせたあと、にっこりと微笑んだ。
その微笑みは、女神のごとくに感じられた。
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