143話 もういい! なるようにる!




 一番大切な人と好きな人……。


 いや、この2枚ってあの『諦めろ』的な絶望トラップカードじゃない? 加藤くんのは直球だけど、私の方も周りの受け止め方次第でそれ以上の問題が発生しかねないお題だ。


 でも加藤くんには千景ちゃんがいる。彼女を連れてゴールに行くことは何も難しいことじゃない。


 問題は、ゴールした後にその出題内容と何故連れてきたかを公表されてしまうんだ。


 だから、いい加減な人を選んで連れて行ってしまうと異議判定が出てやり直しになったり、こういったトラップ問題の時に「何故別の人を連れて行ったのか!?」と後々トラブルになったりもあると聞いたことがある。


「私も千景ちゃんなんだよね。でも……」


「ごめん、松本さん。千景を借りるよ?」


 加藤くんも私が表向きにチョイスするなら同じ人物だというのは分かっている。


「うん。いい。そっちの方がいい」


 加藤くんがうちのクラスに行く。


「橘さん!」


「あたし!?」


 千景ちゃんが驚いて加藤くんの方に行った。


 顔を赤らめて、それでも手を繋いで走って行くのが見えた。



 うん、それでいいんだよ……。



「松本、どうした!?」


 それを見ていた私に声がかかって、ふと我に返る。


 ルール上なら加藤くんと千景ちゃんのゴールを待つのもありだ。でもそれじゃ他力本願だし、すでにみんな答えを探し回っているから、最下位が確定してしまう。


 加藤くんが覚悟を決めた。なら私も勝負に出よう!


「もお、どこにいるのよ……」


 本当にいいのか? 揺れる気持を抑えながらグラウンドを見回して、あの姿を探す。


 クラスのところにはいない。職員席にもいない……。


 いた!


 私は競技用の資材が置かれている倉庫前に走った。


「長谷川先生!!」


「松本さん?」


「先生、一緒に来てください!」


「……分かりました」


 先にゴールしていた加藤くんと千景ちゃんが立ち上がって私を見ている。


 先生と手を繋いでなんとか最下位にはならずにゴールまで辿り着いた。


「おおっ! 長谷川先生を連れてきました、3年5組の松本さんのお題は何でしたか?」


「はい。一番大切な人です」


 大きな歓声が沸く。その前の加藤くんと千景ちゃんが「付き合ってます!」とカミングアウトした時よりも大きな声だ。 


「なんとこの組には絶望的カードが2枚も入っていたようです! 松本さん、長谷川先生を選んだ意図とはなんでしょう!?」


「えっと……、あの……」


 顔を赤くしている私の代わりに先生がマイクをとった。


「それは僕は松本さんの担任ですし、松本さんの一番の仲良しをライバルの7組に持っていかれましたからね。僕なら誰にも迷惑かけません。困ったときの担任頼みでしょう。ね、松本さん?」


「は、はい。突然すみませんでした。ありがとうございます」


 さすがだ。歓声が湧いても堂々としていて、これだけ切り返してくれた。


「さすが文芸部の部長! 頭の回転は体育委員を上回りました! これには誰も異議が出せません!」




「なんだー、他に意味があるのかと思ったよー」


「橘さんを加藤くんに取られちゃあれしか無いよね」


「先生も、もっと楽なところにいてくれればよかったのにねぇ」


「なんだー、誰でもいいなら俺を連れて行ってくれればよかったのに」


「それって誤解されちゃうじゃん!」


「抜け駆けは許さねーぞ!?」


「そういう意味じゃナイスチョイス」


 クラスに戻って何か言われるかと思ったけれど、先生のコメントのおかげで、深く追求されることもなくそのままワイワイと迎え入れてもらった。


「もぉ、無茶しちゃって?」


 そんな私の脇腹を千景ちゃんがつついてウインクして笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る