136話 会えなかったかも…なんて




「高校3年生……。そう、いまの花菜ちゃんと同い年の時ね。私は、壊れてしまう寸前だった……。ううん、壊れちゃっていたというのが正しいかもしれないね。本当なら私は今ここにいないはずだったんだもの」


「えっ……」


 結花さんの口調は、いつもと全く違う。


 高校2年生の冬に、卵巣がんを告げられてしまった結花さん。


 すぐに手術をうけて、厳しい闘病生活を送ったと教わっている。


 きっと、それだけでも心が折れてしまいそうになることは私だって想像がつく。


「陽人さん……。当時はまだ小島先生って呼んでいたけれど。『教室に戻ってきて、高校を卒業する』を二人の合言葉にしていたよ。でも、私はそれを守り切ることができなかった……」


 一度病人というレッテルを貼られてしまったら、なかなかそれを覆すことは難しい。そうでなくても、いつ再発の告知をされないか、本人はそれが心配で自信を持って生活することすら難しい。


「本当はね、先生も分かっていたのよ。私がリタイアするかもしれないって。それでも、私に高校卒業までサポートしてくれると言い続けてくれた。それだけでも……、私が学校に行って喜んでくれる人がいるって……。でも……、これは誰にも……、陽人さんにも話したことがないわ……」


 結花さんが必死に何かを吐き出そうとしているけれど、とても辛そうにみえる。


 ハンカチを口に当てながら絞り出した言葉は、私たちの想像を超えていた……。


「……退学を告げる直前のゴールデンウイークの初日だったかな……。私は……、家の2階にある自分の部屋の窓から……、飛び降りたの……」


「結花……!?」


 陽人先生の腰が思わず浮き上がる。当然だよ。


「誰も大きな怪我をしなかったから、表向きには伏せられている。だからね、誰も知らなくて当然なの。お母さんが最初に気づいて、とっさに私の腕をつかんで……。でもそのまま引き上げるのは無理で……。時間を稼いでる間にお父さんが準備をして下で受け止めてくれた……。私のだと理解してくれた両親は、精神的なリハビリのために休学か退学が必要だと……」


 以前、結花さんは招待してくれたご自宅で私に言ってくれた。「学校を辞めることは最後の切り札」だと。このことだったんだ…‥。


 実際にそこまで追い込まれた結花さんの告白に誰も続けることができなかった。


 もし、その時に結花さんが消えてしまっていたら、私たちはこうして会うことはできなかったんだ……。


「そのあとの連休中は両親の前で泣きっぱなし。でもね、思い出されるのは、先生との大切な思い出ばっかりだった。最初にお化粧ができない私のことを『そのままでいい』って言ってくれたこと。修学旅行のときに、雨の中で大泣きしたことや風邪ひいたとお芝居して秘密で一人だけ水族館に連れていってもらったこと。病室での内緒の授業も、クリスマスにイルミネーションを見せに連れ出してくれたこと。泣きながら告白の手紙を書いたことも。千佳ちかちゃんに教えてもらった、先生が私のために支援学級を作るために直談判していてくれたことも……。だから、私のことを見ていてくれた人はんだって。もう会えないとしても、それを支えにして残りを過ごしていこうって……」


 私も同じ環境だから理解できる。結果的に今どうこうじゃなくて、生徒である私や当時の結花さんが学校の先生に恋をすることは許されることではないと。


 当時の結花さんも分かっていた。だからこそ、そのジレンマに耐えられなくなったのだと。それがあの人生で1通だけのラブレターを書いたことだ。返ってくる答えは決まっていて、傷つくことは分かっていたはずなのに。


 この先、自分がいなくなっても、結花さんという存在がいたことを陽人先生に覚えていてほしかったんだと思う。


 ううん、それしかないんだよ。



 いま、隣で話しているのは、いつも私を優しく包んでくれる結花さんじゃなくて、同い年で同じ悩みを抱える結花ちゃんという女の子になっているように私にはみえた。



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