132話 男同士の約束と私の本音




「あの……、長谷川先生?」


「なんでしょう?」


 いつものメンバーで並んで食事を食べていたところに加藤くんが声をかけてきて、慌てて現実に戻る私たち。


「今さら聞いていいのか分からなかったんですが、長谷川先生と松本さんの関係って……?」


 千景ちゃんがギョッとして加藤くんの手を引っ張る。


「だめ、そこ聞いちゃ!」


「橘さん、いいですよ。突然ですが加藤くん、男同士の約束を守れますか?」


「えっ? はい。俺と千景のこともあんなに相談に乗ってもらってますから」


 そう、千景ちゃんと加藤くんは、それぞれの進路とかもよく先生のところに相談に来ていると言っていたっけ。


「分かりました。と言っても、あと半年の卒業までです。紹介が遅れました。彼女をもう松本花菜さんと呼ぶのは正確ではありません。花菜さん、僕の妻です」


 私の肩に手を置いて、物怖じすることもなく言い切ってくれた。


「え……、妻って……。二人が結婚してるって事ですか?」


 想定外の内容に、加藤くんは驚いて言葉が出ないみたい。


「もともと兄妹のような幼なじみでした。松本さんのお母さんからも生前にお願いされていました。松本さんにも必ず迎えに行くと約束をしていました。それを守っただけですよ」


「そうだったんですか。どうりで」


「本当は高校を出てからの予定でしたが、ご存じのとおり松本さんに不幸があり早めました。校長先生と教頭先生からはお許しをいただいてますが、それ以外には卒業式まで内密にお願いしますよ」


「分かりました。約束します。他には気づいている奴はいないと思います。長谷川先生は攻略難しいとみんな言ってるくらいですから」


「加藤くん、ありがとう……」


「あと半年、頑張れよ?」


「うん」


「いやー、でもみんなショックだろうな」


「えっ……?」


 加藤くんは、千景ちゃんと私を見ながら面白そうに笑う。


「いま、先生とは別に松本さんのオッズがすごい事になってて……」


「なにそれ?」


「ただでさえ学校の女神様。誰が卒業までに松本さんを彼女に出来るかって、男同士火花が散ってるんだから。5組でそういうことになってない?」


 きっかけは例の文化祭をやった去年の秋からなんだって。でもその直後に私があんなことになり、修学旅行でも一番のタイミングで歩けなくなったりで、「終末運命的キャラ」として一番攻略が難しいランクになっているらしい。


「ちょっと、終末運命的キャラって酷くない? なんか言ってやってよ」


 笑っていいのか怒ればいいのか千景ちゃんも複雑な顔をしている。


「私、みんなが思うほどいい子じゃないよ。本当は女子の中でも私のことを嫌っている子がいるのも知ってる」


「花菜……」


 私がそんな男子の対象になっちゃっているから、自分の出番がないと思っている女子だって少なくないはずだ。


「でもね、女神様でいるのはもういいかなって……」


「もういい?」


 千景ちゃんが心配そうに私を覗き込む。


「実際には先生にいつも心配と苦労ばっかりかけちゃってる。本当の私はそのくらい頼りがいもない、可愛くもないって、見られてもいいってこと……」


「迷惑だなんて思ったことはないから」


 先生が私の手を握ってくれる。


「そっか、花菜にはもう守ってくれる人がいるんだもんね」


「だから、今年の秋はおとなしいですよ」


「どうして?」


「だって……、今年は体育祭です」


 夏休みが終わって、今年の秋は3年に一度の体育祭。それは私の出る幕じゃないだろう。


「でも、花菜はやれと言われればやっちゃうでしょ?」


 千景ちゃんも分かってるよね……。


 もともと私はそういう子だったから……。


 そして、その予感が現実のものになってしまうなんて……ね。


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