31章 正々堂々のデート?

118話 今日はおとなしく…でもな。




「それでは、時間までにバスに戻ってくださいね。今日は飛行機の時間がありますから、乗り遅れなんてことにならないよう、集合時間の遅刻は厳禁ですよ」


「はーい!」


 移動のバス車内は賑やかだった。今日は開園の午前9時から午後2時までの完全な自由時間。希望者は私服着用も認められているから、同じメンバーのはずなのに前日までと雰囲気が全く違っている。


「遅れそうなら、いい雰囲気でもお構いなく電話しますから気をつけてくださいね。ただ……、こういうテーマパークは夕方から夜に限るというのが僕の持論ですから、もっと遅いフライトとか日程を考えるとか……と言うのはいつものオフレコでお願いします」


 みんなが笑っている。さすが長谷川先生も分かっているという表情だ。




「花菜、本当にいいの?」


 隣の席の千景ちゃん。私という患者を放ってはおけないというのが彼女らしい。


「うん、千景ちゃんも思い出作らなくちゃ」


「じゃぁ、足が痛くなったら使って?」


 昨日の夜、寝る前にもらったお薬をもう一度渡してくれた。


 そう、まさかこんな時用の薬を持ってきていたのかと驚く私に、女の子なら常備している薬だと教えてくれたっけ。驚いて箱の効能を読むと、確かに解熱鎮痛とも書いてあった。


 そのおかげで、違和感は少し残るけれど、痛みは気にならない程度まで治まっていた。


 でも、今日は念のため安静が原則だって。 





「では解散!」


 生徒たちがそれぞれ三々五々と散っていく。


「長谷川先生、花菜をお願いします」


「はい。橘さんもいろいろありがとうございます」


 松本から聞いていた。橘にも交際相手がいる。だからこの日は最初から一人でいる予定だったと。


「長谷川先生はどうされますか? 今日はくじ引きなかったんですか?」


 7組担任の近藤先生だ。どうやら教師たちのスケジュールも生徒たちと同じようだけど、あの班分けやくじ引きの件を含めて俺は面白い存在だと他の先生たちの目には映っているらしい。


 前日の自分のように生徒たちと一緒にグループで回る先生もいれば、静かに待機するというのもいる。


「僕は昨日歩き回って筋肉痛の足なので、今日は大人しくしてますよ。それに松本さんを一人にしては申し訳ないですから」


 振り返ると、みんなが出発したのをバスから見送る松本の姿があった。


 昨日は自分と一緒に回っていながら、結局生徒に怪我をさせてしまった。


 橘の言うとおり、幸い大事には至らなかったようで、一晩休んだら腫れも痛みもだいぶ治まったようだ。朝はびっこを引きながらも他の生徒たちと同じように食事会場に集まることが出来たのを見てほっとした。


 しかしこの広いテーマパークで1日歩き回ればまた悪化してしまう。今朝、二人の荷物を取りに行ったとき、湿布の交換と包帯の巻き直しをしていた橘も今日いっぱいは無理せずに動かさないほうがいいとの判断。


 それを聞くと、松本はみんなが出発した後にどこかのベンチにでも座っていると答えた。


「松本さん、用意が出来るまでそのまま待っていてください」


 俺はバスの中の彼女に声をかけ、インフォメーションから車椅子を借りてきた。


「これなら、松本さんは座ったままですよね」


 バスのステップをゆっくり降りてきた彼女をそれに乗せる。


 花菜の体重なら本来両腕で抱き上げることぐらい簡単なのだけど、そこはお互い視線で「今は我慢!」と会話した。


「さすがは長谷川先生ですなぁ」


「せっかくの日に、どこにも行けないんじゃあんまりです。このケガは僕の不注意でしたから」


「他の生徒に誤解されないでくださいね」


「大丈夫です。生徒たちには僕は予約済みという認識のようですから」


 本当は予約済みどころか、昨日将来まるごと売約済みなのだけれど、さすがに公にする訳にはいかない。


 あのクリスマスの一件で、生徒たちの噂は先生方にも広まっているらしい。その風が彼女に向いていないことが分かったので、逆に都合がいいと訂正せずにいた。


 結果、俺には学生時代に知り合った女子大生の恋人がいるというになっている。校長にはもちろん裏から正確な情報を伝えてあるけれど。


 今回は逆にそれをフルに活用させてもらう。


 こうして松本と1日行動を共にしていても、そこから新しい噂は出ないからだ。



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