108話 秘密にしててごめんね




 このあとの日程のため、長崎に向かうバスの車内でお昼ごはんのお弁当を食べながら、今日と明日の予定の説明がある。


 明日は1日長崎市内のチェックポイントを班行動で回る自主学習。そして明後日は夕方までハウステンボスでの自由時間が組まれている。


 平和記念公園での見学と、集合写真の撮影の後はしばらくの自由時間になった。


「あの……、千景ちゃんの他に気がついてそうな人いる……?」


「ううん。あの写真じゃ他の人では言い当てられないよ。自分は顔が判らなくたって背格好とか髪の長さでなんとなくね」


 ふたりでココアを飲みながらベンチに腰掛けている。


「あと……、これは先生に言っておかなくちゃ」


「えっ?」


 千景ちゃんが笑ったとき、後ろから当の本人の声がした。


「お二人はどこにも行かないんですか?」


「ちょうどいいところに来たじゃない」


「先生……」


「どうかしましたか?」


「花菜ごめん、これ棄ててきてくれる?」


 千景ちゃんが空き缶を渡してきて、私はその場を千景ちゃんに任せた。


「長谷川先生。花菜のこと、お願いしますね」


「どういうことですか?」


 ポーカーフェイスを装っているけれど、内心かなり焦っていたと思う。まだ千景ちゃんにカミングアウトしたことは伝えてなかったから。


 でも、そこは上手な千景ちゃんだ。変に興奮したりすることはなく、授業中と同じように淡々と話している。あれなら話の中身に気づく人はいないと思う。


「だって、授業中以外の時間に先生が花菜を見るときは別物です。あたしは脈ありかなと思ってました」


「……そうですか……。脈なんか最初に教室で声を聞いたときからバクバク打ってます。立場上簡単に受け入れるわけにはいきませんよね。ですが、あんな小さかった子が立派に成長して再び現れたんですから……」


「じゃあ……」


「分かってます。橘さんは私たちのことを軽蔑しますか?」


「するわけないじゃないですか! あの花菜の初恋成就ですよ? こんなの少女マンガの世界ですよ。ちょっと言い過ぎかもですけど、花菜はもう十分すぎるほど傷ついてます。それを癒すために頼れる場所が必要なんですから」


「橘さん。黙っていて申しわけありません」


「千景ちゃん、先生……」


「こら、聞いていたな?」


 どのタイミングで話に入って行けばいいか分からなかったけれど、ようやく戻って来れた。


 私も周りに悟られないように、ポーカーフェイスを保って横に座る。


「ごめんね、ずっと黙ってて」


「そりゃ言えないのが当たり前! ようやく分かったわ。いつまでも長谷川先生の交際相手が謎だった理由。花菜が最初やたら素っ気ないと思ったのも、逆に文化祭で一生懸命になっていた理由も。こんな近くに両想いが最初からいるなら納得です」


「千景ちゃん……」


「あたしが言うのも変だけどね。長谷川先生がすでに予約済みってのは悔しいって気持ちも分からないわけじゃない。でもそれが花菜だったから、あたしは許せるし、逆に安心した。こんな面白い秘密があるなら、それはそれでスリルあるしね。卒業までは内緒なんでしょ?」


 もぅ、千景ちゃんにはかなわない。


 先生と私はそんな千景ちゃんに顔をしかめて笑うしかなかった。


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