107話 「それだけじゃないでしょ?」




 先生が何かを計画している4月3日は、修学旅行の明日2日目。


 初日の今日はこのあと福岡空港から太宰府天満宮でのお参りをしたあとに長崎の宿泊先に向かう。


 そこで平和記念公園などを見学して終わり。


 明日は長崎での1日グループ行動が予定。出島やグラバー園などを各グループで昼食を含めて学習してくる事になっている。


 先生がこのスケジュールの中でどういう仕掛けをしてくるのか。派手とか無茶な事はしないと思うけど、やはり気にはなる。



 そんな緊張も千景ちゃんが貸してくれたアイマスクを使って、心配していた大きな揺れもなく、飛行機は無事に福岡に到着した。


 そこからクラスごとにバスに乗って太宰府天満宮に向かう。


 どうしても3年生という学年が始まれば、受験という現実が待ち構えているからね。


 こんなとき、職員室の裏話を聞けるのが私の特権。もちろん誰にも口外はしない約束だけど。


 せっかく九州に行くのだからそれを使わない手はないとなったらしく、また実際に修学旅行としてはコースに組み込むことも多いのだからと学年主任の先生が譲らなかったって。



 バスの駐車場から参道に進むと、心字池しんじいけにかかる橋がある。


「ここの3つの橋、手前ともう一つ先ではいいですが、一番奥の橋は転ばないよう気をつけて渡ってくださいね」


 手前の太鼓橋たいこばしから、過去、現在、未来と意味があるのだという。だから未来で転んだりすると大変だというわけ。


 本殿の前で記念写真を撮って、各々が自由行動で再びバスに戻る。


「花菜は志望校決めた?」


「ううん……。なんか進学と言えないような感じだしね」


 千景ちゃんと二人でお守りを買って池の周りを歩いていく。


「もったいないよなぁ。あんなことがあっても花菜って成績上がってるんだもん」


「仕方ないよ。奨学金もらってるから成績落とすわけにいかないし……」


「んにゃ……、それだけじゃないでしょ……」


 千景ちゃんは、首を横に振った。私の目をのぞき込んでくる。


「長谷川先生……、優しくしてくれる?」


 とたんに心臓が一気にフル回転しているように早鐘を打ちはじめてしまった。



「千景ちゃん……」


「え、本当なの?」


 私の慌てふためきを感じて、逆に彼女の方が焦ってしまったようだ。


 これは私の自滅に近いな。千景ちゃんは口が堅いし、どのみち明日もずっと一緒だ。この旅行中に気まずいままではいたくない。


「長谷川先生ね、私の初恋さんだから……」


「え? じゃあ、あの中学の時に言っていた近所のお兄ちゃんてやつ?」


「……うん……」


「なんだぁ、そうかぁ。そりゃぁ周りの話に乗るわけに行かないよね。花菜が相手じゃ誰も勝ち目ないなぁ。それなら、あのクリスマスの写真の相手って、……やっぱり?」


 無言で肯く。仕方ない、ここまで知っている親友にこれ以上嘘はつけないよ。


「そっか。あとで詳しく教えてよね」


 バスの前で他のクラスメイトが集まってくると、千景ちゃんはそこで話を打ち切ってくれた。


「ありがとう」


「誰にも言えない事ってあるじゃない? 話してくれてありがとうね」


 千景ちゃんは真面目な顔でそう私の耳元で囁いてくれたんだ。

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