79話 新しいお部屋の選び方




「それでは外出してきます」


「結花ちゃんによろしくね。きっといいお話を聞かせてもらえると思うよ」


 朝食のあと、茜音先生に外出許可の確認をとって外に出る。


 どこまでも突き抜けるような気持ちのいい青空の朝だった。


 レースのついたセーラー襟の長袖ブラウスにサスペンダーの付いたチャコールブラウンのスカートは、茜音先生から昨日の夜にいただいたもの。


 若い頃に、お洋服を集めたり自分で作ったりしていたとかで、今もご自分で着なくなったものは私たちに渡してくれる。


 珠実園に来たはじめの頃、休日の服に困っていた私。そこに昨夜と同じように「自分のおさがりで悪いのだけど」と部屋に届けてくれた茜音先生。


 凄く状態もよかったから喜んでいただいた。


「結花ちゃんが『花菜ちゃんなら喜んで着てくれるかも』って言ってたけれど、こういうの着る?」


「着ます! 本当にこんな素敵なものいいんですか?」


 図書館の雑誌コーナーを片付けているときに、時々目に入っていたけれど、ガーリーファッションなんて、私には縁がないと思っていたのに。


「よかった。私もこんな歳だから、もう出番がなくてね。結花ちゃんにも言っておくね」


 聞けば、小さな子どもたちのものからこういう本格的なものも含めて、時間があるときに作ってしまうこともあるんだって。とても手製の服を着ている子がいるなんて気にしたこともない。


 結花先生も同じようにお洋服が好きで、一緒に選んだり作ったりするのが茜音先生の楽しみでもあると教えてくれた。それもバザーで売り切れてしまうほどの腕前だとか。





 今日の待ち合わせは珠実園から坂を下りたところにあるバス停。


 私が坂を下りてきたのを見つけて、その人は安心したように笑顔で迎えてくれた。


「おはようございます」


「よかった。今日はいてもらわなくちゃ困るからさ」


 二人で歩きながら不動産会社の人と待ち合わせた建物の前に向かう。


「晴れてよかったですね」


「そうだな。松本が元気そうでよかった」


「あ、あの……」


「ん?」


「今日は私のことをどう話してあるんですか? お部屋の条件とかで家族でなければダメだとかもあるみたいですし」


 お母さんを安心させるため、すぐに結婚するなんて話もしたけれど、私はまだ認められる歳になっていないし、今の私たちの環境では難しいものもある。


「不動産屋にはサラッと婚約者と言ってある。それなら未成年でも問題ないだろ? 新築ではないファミリー物件だから、松本が反社会的な人物でなければそこまで審査は厳しくないだろう」


「反社会的って、もぉなんてこと言うんですかぁ」


 バス停では3個ほど進んだところに、そのアパートがあった。


 先生が待ち合わせの人と挨拶をしていて、一緒に階段を上がっていく。


「花菜もおいで」


「は、はい」


 急に呼ばれてドキドキしてしまった。そうか、だもんね。


 たぶん、小さい頃から含めて初めての名前呼び捨てだったと思う。


「眺めいいだろ?」


「うん。夜がいいかも」


 珠実園の私の部屋と同じ方向だけど、少ししか開かない小さな窓とちがって、ベランダで風を受けることができて気持ちいい。


 お部屋としては少し年数も経っている。それでも鉄筋コンクリートの建物で住設備的にも更新されている割にはお値段も手頃だった。


 なによりコンクリートの壁を壊さない限り、ある程度までなら内装を自分でリフォームしても構わないという条件が気に入った。


 これから二人で、そして家族が増えれば、いろいろと部屋を変える必要も出てくるだろう。


「花菜、気に入ってくれた?」


「うん。すごくいい」


 先生は不動産屋さんに返事をしていた。書類などは後で手続きをするから、仮予約をお願いしたいと。


「先生、探していてくれたんですね……」


「このことはまだ校長にも話していないから、学校では言うなよ?」


「はい」


 仕方ないよ。私たちの間では約束を交わしていても、まだ公に認めてもらうことは出来ない。


 もし、私たちが同じ学校ではなくて、直接の先生と生徒という関係でなければ……。定職についている男性と、あと半年弱で18歳になれば……。誰の特別な許可もなく大手を振って入籍することも可能なのだと気付かされる。


 高校3年生という1年間は、否が応でもその狭間を意識しながら過ごすことになりそう。


「私、どうすればいいのかな……」


「このあとそれを相談しに行くんだろう?」


「はい、そうでした」


 お部屋は決まった。あとはこれからどうしていけばいいのか。


 今日の外出はそれを話しに行くのがメインの目的だからね。



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