78話 家族が増えるって…いいの…?




 私が帰る駅までは、当然乗り越しになってしまうし、時間だって大きくロスになってしまう。先生が降りる駅まででいいと言っているけど、いつも珠実園の門まで送ってくれる。


「先生、この時間もったいないですよ」


「本当はもう少し黙っていようと思ったんだけど。俺、この近くに部屋を探してるんだ」


「えっ? どうして? ようやく片付けが終わったのに?」


 そういえば、お母さんの一件があってから、お部屋のお掃除やおかず作りも中断してしまっている。


「方角が同じなら、今と同じく松本と同じ方向の電車に乗っても変ではないだろう? それに知ってのとおり、今の部屋は一人暮らし用の手狭なワンルームだ。予定より早く家族が増えそうだからさ。もう予行練習はやっただろう? あと半年もないんだよなぁ」


 手を私の頭に置いて笑ってくれた。


 あと半年……。つまり私の18歳の誕生日までのことだ。


 私のことを迎えてくれるための準備を進めてくれているんだ。それが分かっただけでも胸の中が熱くなってくる。


「ごめんなさい……。私、いろんな人に迷惑ばかりかけて……」


「松本、今はそれを考えるときじゃない。あとでいくらでも取り返しは効く。今は松本が自分を取り戻すことを最優先にしろ。おまえは誰かに温めてもらえないとすぐに萎んでしまうから。今夜はちゃんと寝られるか?」


 やっぱり先生にはかなわないな……。


 少しずつ前の生活リズムに戻りつつあるけれど、まだ一人の夜は寂しすぎて寝付けないことも多くて、茜音先生にアロマやお薬をもらったりしている。学校ではそんなことを誰にも言っていないのに、それを先生たちはちゃんと共有してくれているんだ。


「文化祭の頃に比べてクラスでの会話も減ってるだろう。仲間はずれとか嫌がらせとかは受けてないか?」


「どちらかと言えば、どう話しかけていいか分からないって感じがします」


「そうか。いつもどおりに接してやれとは言ってきたんだがな」


 忌引きの間に、先生は私のことをみんなに頼んでくれていた。みんなに悪気はないって分かっている。環境が変わった私にどう接すればいいのか分からないだけ。


「仕方ないですよ。この歳で両親どちらもなんて、そんなにたくさんあることじゃないです」


「相変わらず外では強がりだな……。無理はしないでくれ? 手遅れにはなりたくないからな」


「はい」


 手遅れ……。その言葉がものすごく重く私の中に沈んだ。原因や発端はともかく、悲しい事件も世の中ではたくさん起きている。私がそこに1ページを加えちゃいけない。


「ストレッチは続けてるか?」


「はい。お風呂上がりに毎日しています」


「よろしい。それも落ち着いたらまたやってやるから……。だからもう少し……。俺の力がまだ足りなくて、ごめんな……」


 ダメだよ。先生がそれじゃ、私だってもっと泣き虫の甘えん坊になってしまうから。


「明後日の日曜日、お願いしますね。またおかず作りとかお掃除に行きます。門限があるので前のように遅くまでは居られないかもしれませんけれど……」


「あぁ、分かった。……そっか、そうだよな……。あの味を覚えちゃったらな……。なんだか物足りない。情けない話だが、また頼む」


「はい。今日はその気持ちだけでも受け取ってください……」


 珠実園の灯りが見える小さな公園。遊具の影で私たちはそっと唇を交わした。

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