70話 きちんと送ってやろう




 翌朝、俺は一度学校に顔を出し、職員室で前日からの事柄を報告した。


 松本花菜の唯一の肉親である母親が亡くなったこと。今は自分の両親が一緒についていること。


 我がままかもしれないけれど、葬儀や今後の手続きが落ちつくまで、松本の傍にいてやりたいと申し出た。


 それを聞いた鈴木先生は、俺の分の現国の授業も代講してくれるとすぐに申し出てくれた。




 これから彼女は忌引きでしばらくの間休みになる。


 一応、クラスの生徒たちにも話しておかなくてはなるまい。


 教室へ向かう足取りは重い。それでも朝のホームルームで時間をかけずに出席をとる。


「おはようございます。大事なことをお話ししますから、静かに聞いてください」


 松本花菜がいない教室。風邪をひいて休んだときと同じ、一人の空席なのに、そこだけがとても大きな空間に見えてしまう。


「松本さんのお母さんが、今朝早くに亡くなられました」


「えっ……」


 教室中の空気が瞬時に凍りつき重苦しくなるのは仕方ない。でも伝えないわけにいかない。


「前から知っている人もいるでしょう。松本さんのご家族は他にいらっしゃいません。ですから僕が代わりに葬儀や今後の手続きまでお手伝いをしてきます。授業は鈴木先生が代わりに担当してくれます。なにかあれば鈴木先生にお願いします。三者面談の日程は作りかけなのでもう少し待ってください。出来上がり次第お知らせします」


 原稿を読んでいるかのようにしか話せない。申し訳ないが俺の心はここにあらずだ。


「松本は?」


「今は一度自宅に戻って、僕の両親と一緒にいます。今のところは落ち着いています」


「先生、うちらはいいから花菜のところに行ってあげて」


「迷惑をかけてすみません」


 あの文化祭から、松本の呼び方のバリエーションが増えた。それだけでも彼女がクラスの中でも一目置かれる存在になったということなのだが、今はそれに浸る時ではない。


 早々にホームルームを切り上げ、職員室に顔を出してから学校を出た。


 いつもの見慣れたアパートに戻ると、葬儀店の人が既に到着していた。


 病院から一度、無言の帰宅をさせてくれたのだろう。


 特に大きなことをする必要は無い。花菜がきちんとお別れをする時間が必要だと伝えて、家族葬をお願いすることにした。


 運良く斎場の部屋が空いていて、そこを使わせて貰えると聞いた。それなら家の中に祭壇の場所を作ったり、隣や階下に迷惑をかけることもない。


「でも、お金がかかってしまいます……」


「そんなことは気にしなくていいから。まずは、しっかりお母さんをお父さんのもとに送りましょう」


 本当にお袋がいてくれて助かった。同じような歳だからその説得力は俺よりもずっと大きい。


 花菜は高校生だから制服で構わない。俺も大学時代に作った礼服があるし、お袋も用意をしてきてくれていた。


 小さな仮の祭壇の前に寝かされていた小さな体へ、唯一の身内である花菜が一つ一つ教わりながら旅立つ装束に着替えさせたあと、葬儀社の担当さんが丁寧に棺に収めていく。


 出棺の前に一緒に持たせる物があるかと問われた花菜は、先に空の上に旅立っている父親と家族三人で写った写真や眼鏡などを枕元にそっと納めた。


「すぐに向かうから、花菜ちゃんは制服に着替えて母さんと斎場に向かってくれ。一人じゃないから大丈夫だよね」


「うん」


 こんな状態の彼女に言うのは気が引けたけれど、少し強く言ってとりあえず動かしておかないと彼女が崩れたままになってしまう。


 花菜の付き添いをお袋に任せ、俺は業者との打ち合わせ、学校への連絡を済ませると、自分の部屋に一度礼服を取りに戻り、そのまま斎場に向かうことになった。

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