65話 このネタはどこから?




 出来上がった文化祭のプログラム一覧だけでも、この3部活合同展示は大いに目を引き、その総指揮を取り持った彼女。ただでさえ「女神様」の通り名がつけられていた「2年5組在籍の才女、文芸部の松本花菜」という名前は一気に全校で誰も知らない者はいないというレベルにまで広がった。


 春の自己紹介を思い出してみる。どこの誰が「目立たないキャラ」だって? 次に校内で自己紹介があったら俺から一言突っ込んでやりたい気分だ。




「松本さんは、このアイディアはどうやって思いついたんですか?」


 これまでの文芸部とは全く違う、工具の音が響く土曜日の図書室。授業のない土曜日に文芸部の部員が勢揃いするなんて前代未聞だと鈴木先生も笑っていた。


 廊下と階段の暗幕を取り付けている彼女を手伝いながら聞いてみた。あのわずか1日の打ち合わせをしただけで、どこからこんなアイディアを思いついていたのか。


 彼女は怪談を書くだけでなく、夏休みが終わる前には図書室と音楽室をつなぐ階段のアイディアまでを全てイラスト付きで起こしていたからだ。


「図書館で、いろいろネタになりそうなものはいつも見てきてましたから。そういうネタ本みたいなものもありますし、実際に面白そうなことをやってみた学校というのもありました。他でできるなら私たちもやってみたいなって……」





 あの濃厚な内容の合宿で、俺たち二人にあんな進捗があっても、外に出てしまえば何ごともなかったかのように接している。


 夏休み期間中に続けてくれていた昼食弁当も2学期に入って中断している。


 これは二人で話し合って決めた。学校にいる間は徹底的に教師と生徒という関係であること。


 自分たちが旧知の仲、ましてや恋人関係にあることは、絶対に知られてはいけないこと。そのためには教室での言葉遣いや行動にも気をつけること。




 それでも、変化が全く無いわけではなかった。


 図書館が早く終わる土日や休みの月曜日の放課後、花菜は俺の住居部屋にやってきては、部屋の掃除や冷蔵庫いっぱいにおかずを仕込んで帰っていく。


 自分の帰りが遅くなってしまうこともあるから、彼女の母親にも許可をもらって合鍵を渡した。だから彼女の仕事がない月曜日には、俺が仕事を終えて帰ると夕食の支度ができているという具合だ。


 そこで改めて花菜の家事スキルの高さを知った。


 それまであまり使うこともなかった冷凍庫は小分けにされたタッパーやフリーザーバックに一週間分をぎっしり詰めにしていく。冷蔵庫でも日持ちするものも含めると、ご飯さえ炊いておけば朝晩の食事に困ることはない。さすがに弁当に詰めていくとなると、その出処を聞かれることが間違いないので控えているけれど、家ではほぼ花菜の手料理を食べていることになる。


「花菜ちゃん、これはご相伴という訳にはいかない。食費と人件費は出させてくれ」


「私の自己満足だから……。じゃあ、材料費は頂いてもいい? 整体をここまで念入りにしてもらえるから、人件費はマイナスになっちゃうくらいだよ」


 それでも、タッパーやフリーザーバッグは数を常備して自由に使ってもらえるようにしたし、食費と言いつつも交通費を少し多めにしたり普段使いのハンドクリームを買ったりできる分くらいはプラスして渡すようにしていた。


 彼女が言うように、家事を終えた花菜の整体マッサージは約束どおり続けている。


 全身の整体やストレッチを続けていくうち、姿勢がよくなって体が締まりボディラインが変わった。


「花菜、夏休み中に胸大きくなった?!」


 そんな驚きの声が教室で聞こえたりもした。旅行のあとできちんと計り直してもらったら、やはりサイズが変わっていて店員さんに笑われたとこっそり教えてくれた。





 学校ではあくまで生徒と教師、自宅とのギャップは仕方ない。それでも少しずつ彼女も妥協点を探っているようで、最初のような硬い顔は少し和らぐことも増えている。


 それでも他の生徒の前では「先生に慣れた」という程度の変化に収めているのはなかなかの演技力だと思う。


「アイディアはあっても、なかなか実行はできません。先生にいろいろ協力していただいたおかげです」


「終わったら、少し休んでくださいね。松本さんは頑張りすぎですよ」


「はい。分かりました」


 顔は平然としているが、眼だけは何かをおねだりするように見上げている。


 他に気づかれないように小さくウインクする。終わったら部屋で待っているからと。


「花菜ちゃん! ちょっとこっち手伝って?」


「はい、先輩すぐ行きます!」


 脚立の上からの岡本の声に、花菜はすぐに振り向いて走っていった。



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