16章 今日だけはお兄ちゃん

58話 もう隠す必要ないんだね。でも…




 今日が最後の夜で、夕食は豪華だといわれていたから、汗を流すために夕食前に一度時間をもらって温泉に入らせてもらった。


「やっぱり焼けちゃったな」


 日焼け止めをかなり厳重に塗ってはいたけれど、やっぱり水着のラインが薄っすら分かるくらいには赤くなってしまっている。小学生の頃はそれこそ肌が小麦色になるくらいまでプールに通ったこともある。


 中学からの私はインドアに転向したこともあってどんどん色白になってしまったから、休み明けに気づく子もいるかも。


 幸か不幸か、私はそれがあまり長く残る方ではない。夏休みが終わる頃には「少し焼けた」くらいにおさまってくれると思う。


 洗った髪の毛をタオルで巻き上げて、温泉の広い浴槽に体を沈めるのと同時にほっとため息が出た。


 もう隠す必要もないんだ。足の怪我だけが原因じゃない。体にあちこち疲れが出ていることも。


「それでも今のままじゃ、お兄ちゃんを心配させたままになっちゃう……」


 学校や職場では絶対に口に出さないけれど、疲れがたまると足だけでなく腰や肩も痛みだしてしまう。


 でもそれはお母さんも同じ。そんなときはお互いに肩を揉み合って、湿布を貼って、早めに寝て少しでも体力の回復をさせるしかない。


 そんな生活をずっとしてきたから、同じ歳の子に比べれば、若さなんてもう使い果たしてしまったと思っている。


 そんなときは鏡を見るのも怖い。自分の年齢としがいくつなのか分からなくなってしまうことすらある。


 でも、学校ではそんな顔を見せないと決めているから、なけなしの気力を振り絞って乗り越える。


 お兄ちゃんの気持ちは本当に嬉しいけれど、この身体でお嫁さんになんて、それはいくらなんでも申しわけなさすぎる……。何とかしなくちゃ……。


 そんなことを考えていたら、壁の時計はもうすぐ食事が運ばれてくる時間を指していた。


 お風呂を出て、急いで浴衣に着替える。寝間着パジャマ代わりだから、帯も簡単なものになっていてありがたい。


 部屋の前にはもう仲居さんがいてくれて、食事の用意を始めてくれている。


「ごめんなさい。遅くなっちゃった」


「ゆっくりできた?」


 お兄ちゃんがお部屋の片付けをして待っていてくれた。


「うん。サッパリしてきたよ」


「そうか。よかった」


 お部屋に入ると、もうお布団も用意されていて、昨日書類を広げていたテーブルにお皿が並べられていく。


「すごぉい! 美味しそうです」


「腹いっぱい食べろよ? これこそ遠慮するなよ?」


「うん」


 お刺身の盛り合わせ、金目鯛の煮付け、紅葉おろしを添えたお肉と温野菜。もう普段絶対に食べることのないフルコースだ。


 食べ終わったらお皿をお部屋の外の台に出しておけばいいと言ってくれた。


「なんか、もったいないです」


「残す方が失礼だ。全部平らげるぞ」


「うん。そうですね」


 そのとき、外から花火の打ち上がる音がした。


「贅沢だなぁ」


「昔、何度か一緒に行ってくれましたよね。あの時も、たこ焼きとか綿あめを買ってもらいました。一人になってからは行くこともなくなりました……」


「よくそこまで覚えていたな。あれはあれで縁日の食事らしくてよかった。浴衣、自分で選んだのか? 似合ってる」


 昨日から借りている浴衣は薄い桃色のグラデーション。桜の花びらが模様にあしらわれてある。


「きっと私が春生まれだからかな。こういう薄めの色が昔から好き。お兄ちゃんも覚えててくれたんだよね」


 昨日、お洋服や水着を選んでくれたとき、私は何も話さなかったはずなのに、好きな色味をちゃんと選んでくれた。


「毎年4月になると、ケーキ屋に買いに行ったな」


「そうでしたね。今から思えば恥ずかしいくらいはしゃいでいました」


「そんな花菜ちゃんの顔が見たくてな。恥ずかしがることなんかなかったんだぞ?」


 もちろん、おこづかいの中からだからホールでなくてカットのケーキだったけれど、あの当時の私には十分な贅沢だったのを覚えているよ。


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