15章 文芸部を選んだ本当の理由

54話 この時間は昔に戻りたい!




 朝、目を覚ますと先生はもう起きているみたいだった。


 みたいっていうのは、お部屋には私だけしかいなくて、もう一つのお布団の上に浴衣が畳んであったから。


 この時間を使って着替えてしまおう。


 昨日買ってもらった、もう一つの組み合わせの方を用意した。



 昨日の買い物で私は何も言わなかったのに、好きな色使いとかを覚えていてくれたんだと分かった。


 言葉で書くとキュロットスカートって幼い子のためのスカートというイメージもあるけれど、子供の頃のそれとは違って今の物は遠くから見ると普通のスカートにも見えて、海風が強い海岸沿いでは便利なアイテムだったりする。


 着がえ終わった頃に、先生が入ってきた。


「おはよう。よく眠れたか? もうすぐ朝食だ。その後でちょっとだけミーティングしたいんだけどいいか?」


「はい、ぐっすりでした。もちろん大丈夫です。昨日のまとめですよね」


 宴会場で鯵の干物やだし巻き卵などの和食の朝ごはんをいただいて、部屋に帰る。


「昨日、あのあとに整理しておいたよ。一応見ておいてもらわないとな」


 私が先に寝ちゃったあとも、お仕事を続けてくれていたんだ。


 昨日直した原稿とか、夜の文化祭のアイディアとか、手書きだったメモを全部パソコンで形を整えて打ち込んでくれていた。


「これだけやって帰れば、2泊して何をやっていたなどと言われないだろう」


「はい……」


 そうだね、二人だけだったからこそ脱線もせずに黙々と作業がはかどったのは事実だから。


「だから、今日は1日休日とする」


「いいんですか??」


「逆に忙しいぞ。昼過ぎまでは海で遊んで、帰ってきたら午後は夏祭りがあるからな。夜はちゃんと部屋で夕食もある。時間管理が求められるぞ?」


 うわー、それじゃあ昨日よりも盛りだくさんと思うのは気のせいじゃないよね。


「ぎっしり詰め込んであって、忙しそうですね」


「今日は昨日みたいな夕立はないそうだから思い切り遊ぶぞ。俺は他でも着替えられるから、松本はここで着替えてくれ」


「分かりました」


 昨日買ってもらった水着だけど、その上にショートパンツとキャミソールがセットになってついているものだった理由がよく分かった。


 海岸までは10 分くらい歩かなければならなくて、そこまでは道路を横切ったりもする。さすがにプールサイドではないのだから水着だけで歩くのもこの歳では気も引ける。水着とセットだからデザインも統一感があるし、なにより濡れても砂がついて汚れてもすぐに洗える素材なのが助かる。せっかく下ろしたばかりの新しい服を心配する必要もない。


 そういうことを面倒そうな顔を見せずにサラッとやってくれる。本当に変わっていないんだな。




 砂浜にはもう多くの海水浴のお客さんがいて、家族連れが思い思いに遊んでいるのが分かる。


「よし、ここらでいいか」


 抱えてきていたパラソルとレジャーシートを砂浜に広げた。


「うん、じゃあここでお願いがあります」


「ほう?」


「ここからは、お兄ちゃんて呼ばせてください。昔みたいに」


「そうだな。花菜ちゃん行くよ!」


「はいっ!」


 キャミソールとショートパンツを脱いで、私も久しぶりの海に走り込んでいった。


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