52話 彼女の好みは覚えてる
熱海で列車を乗り換えて、ローカル線に入っていく。眠そうだったさっきとは違って、その景色を嬉しそうに見ている姿は年頃の女子高生の顔。
周囲に言う奴はいなかったけれど、あの中1当時から顔立ちは整っていた。今だって夏場の校外にも関わらず、きちんと着こなした制服姿の彼女を見て振り返る人もいる。
それでもやっぱり、俺にとってその表情は昔見ていたものと同じだ。微力かもしれないけれど、当時と同じように普段の生活から少しだけでも解放してやりたい。
「来年の春、見に来るか?」
「えっ?」
理由は何でもいい。卒業生を送る会とでもなんとでも言える。
学校という、言わば箱庭の環境の中で個人的に松本と関わっていることが公になれば問題になってしまいかねない。ならばその箱から出してあげればいい。
少しでも高校生らしい楽しみを覚えて貰いたかった。
そのためには、まずは形から入る必要がある。
「やっぱり暑くなりましたねぇ」
「俺たちが乗るバスはさっき出たばかりか。次まで時間があるな。松本、ちょっとついて来い」
「え? あ、はぃ」
頭のなかに入れておいた地図のとおりに進み、地元でも見なれているチェーン衣料品店に入った。
「先生?」
「こんな観光地に来て制服じゃ、それこそ修学旅行みたいだ。好きなのを2日分揃える。あと水着も買っていい」
もうこの際理由などこじつけだ。
「え、でも……。そんなお小遣い持ってきていませんよ」
「いいから。その代わり、絶対他の奴には内緒だぞ?」
お店に入れば変わるかなと思ったけれど、なかなか足が進まない。
仕方なく、昔と同じように彼女の表情をうかがいながら品定めをしていくことにした。
色使いの好みはやっぱり変わっていないみたいだ。一方で髪型が長髪に変わっているので、俺の直感と彼女の反応を見ながら決めていった。
「暑いから、帽子も必要だな」
麦わらで造られて、まわりに白いサテンリボンで飾り付けてあるカンカン帽を載せてやる。昔のショートの時より全体につばが回っている帽子の方が似合う。
水着も似合いそうな物を選んでレジに持っていった。
「これだけすぐに着替えさせてもらってもいいですか?」
店内には他の客はおらず、店員も快諾してくれたので一部の品物のタグを外してもらい松本に持たせ、自分は先に荷物をまとめて外に出ていた。残りの品物を俺のキャリーケースの中に入れる。それに加えて着てきた制服を入れても大丈夫だろう。
「あの……、先生、お待たせしました……」
恥ずかしそうに表に出てきた松本を見て、思わず唸ってしまった。我ながら試着もせずにここまでズバリと似合ってくるとは思わなかった。選んだときは好みそうなデザインと色を俺の頭の中で勝手に重ねていったものだ。
「よし、これで夏休みに遊びに来た女の子の出来上がりだ」
考えてみれば、小学生の頃からこの子は小柄ながら魅力的に成長してきていたし、恥ずかしながらそんな姿に欲情してしまっていたんだ。
好みが変わっていなかったなら、揃えてやれるのは当然のこと。
「うん、思っていた以上に可愛く仕上がった。まぁ、松本の素が美少女ってのはずいぶん昔から知っていたけどな」
恥ずかしくも嬉しそうに顔を赤らめる。こんなことを公の立場で言ってしまったら大変なことになるんだろうが。
「荷物は持ちますよ」
「女の子は自分の最低限の荷物だけ持っていればいい。こういうのは男の役目だ」
腕時計を見ると、バスの時間までいい頃合いになっている。
駅に戻る道を歩いている途中、後ろから小さな声が聞こえた。
「ありがとう……。お兄ちゃん……」
この旅行で、少しでも彼女を解放してやりたい。そんな目的が少し達成された。そんな気がしていた。
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