6章 忘れられない名前

22話 高校教師を目指した理由




「長谷川先生には、最初にお話ししたとおり、2年5組の担任と教科としては現国をお願いしようと思います」


「分かりました。よろしくお願いします」


 校長と教頭から告げられ、俺は頭を下げ校長室を後にした。




 教えられた学年主任の先生のところに行き、新しいクラス名簿を渡してもらう。


「この5組はやりやすいと思います。目立ちはしませんが、やんちゃもいません。よくあるような新任の先生を困らせるようなことは無いと思いますよ」


「ご配慮ありがとうございます」


「先生、5組には松本さんがいますよ。彼女は頼りにできます。いいよなあー。あれで体育もよければ文武両道なんですが、勿体ない……」


 その話を聞いていた、他の先生が口を挟んだ。


「松本……さん、ですか?」


 聴き逃がせない名字だ。でもその動揺を見せないようにぐっと堪える。


「あ、そうでしたね。松本さんもそうですし、他にも部活で今年度から副部長なんてメンバーが集まってますから、生徒たちに頼ってもいいかもしれません」


「ありがとうございます」


 俺はその名簿を持って担当するクラスの教室へ向かう。


 前回と同じく、まだ春休み中の校舎の中は本当に静かだ。


 廊下を歩く自分の足音の他は、運動部活の声が微かに聞こえてくるくらい。




 ドアの前に来て、一度深呼吸をした。


 教育実習で教室に入るのとはまた違う。


 あの当時は、まだ自分は大学3年生で、今回と同じく高校2年生の教室で2週間の実習をさせてもらった。


 今よりも生徒たちとの年齢が近かったこともあり、実習だという意識を持っていないと流されそうになってしまったから、正直なところ少し手こずった経験もしてきた。



 だから、今日はこの中に高校2年生の生徒たちはいないと分かっていてもなぜか緊張する。


 それでも造りが似ている学校の教室ということもあるし、前日にも案内されていたこともあって、扉を開けてみると相変わらずの殺風景にも関わらずどこか懐かしい感じがした。



 教育実習のときにも、生徒たちに散々聞かれたのが、教職を目指す動機だ。


 目標を持ちにくいという現代において、学生の内から実習を伴う教職課程を選んだという自分に、彼らは彼らそれぞれの道を見つけたいと思っていたのだろうと今となっては理解できる。



 表向きは小さい頃からの夢だったという当たり障りない内容で通していた。



 小さい頃をいつから指すかは分からない。全部ではないけれど、あの彼女と過ごした時間がきっかけだとおおやけにしたことはない。


 毎日のように宿題を一緒に片付けているのが楽しかったし、そのことで二人の絆が深まったのは本当のこと。


 そして、その彼女が高校生になる年頃だということが心の中では一番大きいだろう。


 もちろん、高校を担当する教員になったとしても、彼女に会えるかなんて保証は全くない。


 それでもなぜか……、今でも単なる妄想か気のせいだと思っているけれど、自分がその進路を進むことで、彼女=花菜ちゃんに再会できるようなイメージが脳裏に浮かんだ。


 他にこれといって目指すものを見つけられていなかった当時、ひとつの目標を持てたことに周囲は安堵したようで、その進路を目指した理由などを細かく聞かれることはなかった。


 こうして、高校2年生の担任を持つことになった今年、彼女と同世代の生徒たちと過ごす1年間はどういうものになるのだろう。


 明日に迫った新学期のために、黒板に席順を書いておこうと、職員室の片付けを一通り終わらせて、こうして教室にやってきたわけだ。


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