11話 歳の離れた女の子だったけど…
俺には弟妹はいない。
「この子が松本花菜ちゃん。年下だからっていじめたりしたらダメだからね」
「母さん、俺がそういう事を出来る性格じゃないの知ってるだろうに?」
「これまで啓太は一人っ子だったからね。でもこんな可愛い女の子が娘で欲しかったのよね」
「話が変な方にズレて行ってないか?」
中学2年の時に自分の母親から紹介されてその女の子と知り合った。
聞けばその年の春に父親を仕事中の事故で亡くしたという。
当初は彼女の母親が働きに出ている間、学童の定員空きを待つことになっていたというが、うちの母親から「それならうちで預かる」ということになったらしい。
「ご迷惑をおかけしてごめんなさい。松本花菜です」
「い、いや。こっちこそよろしくね」
彼女はまだ小学2年生になったばかりだったはずだ。俺とは6歳差になる。それなのにこの落ち着き様は何だ。とても年相応には見えない。
確かにうちであれば時間の制限もないし、そんな事情を持った子なら尚更、心が落ち着くまでの長い時間が必要だろうし、放課後に一人で自宅にいるというのも不安だろう。
事情を聞いていたから俺も快諾。彼女の母親は短時間のパートタイムではなく、フルタイム勤務を選びシングルマザーとして生計を立てていくことにしたらしい。
彼女は毎日放課後にやってきては宿題を済ませて、時間になると親娘で帰って行く。
学校の都合で遅くなってしまったときも玄関先でおとなしく待っていてくれたし、どうしても都合がつかない時は一人で自宅に帰ることも可能だと分かった。
「啓太、花菜ちゃんの勉強をみてやってくれる?」
仲の良かった母親同士の頼みとは言え、これだけ離れた年下の子を相手にすると言うことで最初は戸惑いもあった。
彼女も同じように思っていたようで、最初はあまり会話らしい会話もなかったと覚えている。
他の小学2年生とは全く違って、彼女は自分の状況を理解していたのか、いつも一人で大人しく宿題をしていた。分からないところがあるとこちらの様子を伺ってから聞きに来るようになった。
そんな大人しい様子から、あまり外で遊ばないのかと思っていたけれど、ショートカットの髪に程よく日焼けした肌を見ているとそうでもないらしい。
「花菜ちゃんは外では遊ばない方?」
「ううん、前はよくお外に行ったけど、お母さんが忙しくて我がままも言えないから……」
いつだか、おやつを一緒に食べているときに思い切って聞いてみたところ、以前は家族でよく公園などにも出かけていたとのこと。
恐らく自宅で毛先を揃えているだけと思われる髪型が彼女の普段の生活を物語っていると思っていたけれど、間違いではなかった。
「そっか、じゃあ今度は外に遊びに行こうか」
「本当? やったぁ! あ……、ごめんなさい」
やっぱり我慢しているところも沢山あるのだろう。はしたないと思って謝罪してきたのだけれど、初めて素の顔を見たような気がした。一瞬のことだったけれど、そのインパクトは忘れられなかった。
『笑えばその辺で遊んでいる同級生の子より、めちゃ美少女じゃないか』
まだ年齢的に「美少女」という言葉を使うには早いと思うから、表現を変えれば、自然体の笑顔は「誰が見ても可愛い」というものだろうか。
一生懸命に、普段は誰にも迷惑をかけないようにと自分を抑えながら大人しく過ごしているのだろう。そんなのはあまりにも勿体なさすぎる。この歳でそんな処世術を覚える必要はないと思う。
そもそも愛情を注いでもらえるはずの片方を失ってしまったのだから。彼女にはもっと笑って欲しい。そんな顔をもっと見せて欲しい。
それを知ってからは、宿題がない日だけでなく、学校のあるなしに関係なく、休日なども一緒に遊びに行くことも多くなった。児童公園のアスレチックやボール遊び、夏になればプールにも出かけた。
長期休みは午前中にお互いの宿題を終わらせて、午後はいろいろなところに一緒に出かけた。
昼寝をして目を覚ます頃には彼女の母親が帰ってくる時間。そんな生活が続いた。
「啓太くん、いつも花菜の面倒見てくれてありがとうね」
「いや、面倒を見ているという感覚はないです。花菜ちゃん、すごくいい子なので」
お世辞なんかじゃない。6歳の年齢差はあれど、毎日を一緒に過ごしているうちに分かった花菜ちゃんはそれを感じさせなかったのだから。
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