8話 原稿用紙が夜のお伴だからね
「ただいま。花菜、遅くなってごめんね」
たぶん、シフトの時間を延長してきたのだと思う。いつもより1時間くらい遅くお母さんが帰ってきた。
「お帰りなさい。お疲れさま」
「今日は特売だったから、なかなかお客さんが切れなくてね。遅くなっちゃった。まだ食べてないんだろう?」
お母さんが仕事の荷物を片付けている間に、私は冷めてしまった食事を温めなおした。
「花菜も仕事してきたんだろう? 毎日作らなくたっていいんだよ?」
「うん。でも外で出来合い物を買ってきたりすると高くついちゃうしね」
時々、お店で作りすぎて余ってしまったお惣菜を持って帰ってくれる。私が最初からお惣菜を買うときは体調が悪い時なのだとレジで会計をするときにバレてしまう。
「しっかりしすぎだね。誰に似たのやら。お父さんにそっくり」
「もぉ……。それは言わない!」
お母さんは、お父さんが元気だった頃は専業主婦だった。
お父さんが対外的なことはみんなやってくれていたそう。
でも、お父さんが突然お仕事中に事故にあって、病院へ駆けつけたのも虚しく、……お空に上がってしまってからは、私のために働いてくれていた。
幼い私を育てながらフルタイムの仕事をするのは大変だったに違いない。
だから、少しでも楽になってもらいたくて、私の高校の学費は本の印税を貯金していた分や、図書館の仕事のアルバイト代から払うようにしていた。
「花菜、次のお話は出来そう?」
「うーん、絵本というよりもう少し大きなものになりそう。構想はあるんだけど……」
お母さんは私が『大原なのは』と名乗ることを最初に提案して賛成してくれた数少ない一人。
家族なのだから知っていて当たり前かもしれないけれど、1年も経てばクラスメイトはそのことをほとんど忘れている。
なぜなら、高校の部活では本名で作品を書いているから、いつの間にかみんなの記憶からもフェードアウトさせることにした。あれは偶然のものだったのだと。
「花菜には言葉で人を動かせる力がある。好きなようにやりなさい」
「いつも心配かけてごめんなさい」
「なに言ってるの。一時はどうなるかと思っていた花菜が、どんな形であれ元気になったのだから、それはそれでいいの」
やっぱり、元気に見せているようでもお母さんは分かっていたんだろうと思う。お父さんが亡くなってしばらくして、お母さんにも再婚の話もあったそう。でもお母さんはそれを断って以来、私と二人の母子家庭を通してきた。
一人親家庭となってしまった時、私はもう物心がついていたし、誰がお父さんかということもちゃんと分かっていた。だから、いきなり違う人が来て、新しいお父さんだよと言ったところで混乱してしまうだけだし、受け入れられるかも分からなかった。
自分では、例えば同世代に可愛いと言われなくても……、なんとか整えようとは思っている。その代わり清潔感はブラウス一着、ハンカチ一枚、スカートのプリーツだって自分でアイロンがけして保っている。片親だから暮らしが荒れているなんて、お母さんのためにも絶対に言われたくない。
そんな自負はしているけれど、世間でもニュースになってしまうような「JK」と言われる年代。思春期でもあり、そのうち自立の時期が来る。それまでは家庭内で不安定要素を持っていたくない……。
「春休みはどこも出かけなくていいの? 好きなところに行ってきていいんだからね?」
「特にないかなぁ。春休みって短いし。仕事も宿題もあるし。それに次の作品考えなくちゃならないから」
「そっか。お母さんも仕事入れちゃってるから、花菜には迷惑かけるね」
「そんなの気にしない。もう遊園地に連れて行ってほしいとか言う歳でもないよ」
「無理しちゃって……」
交代でお風呂に入った後、私が部屋を片付けてお母さんを先に休ませる。
その後、再び机の明かりを付けて原稿用紙に向かうのが私一人の時間だった。
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