第7話 命懸け?の逃亡劇

「いいか陽花ひばな?ゆっくり・・・、ゆっくりここから離れるんだ・・・」


「えっ、こーくん?私を抱き締めながら動くなんてそんなに離れたくないんですかぁ?」


場違いな陽花の甘い台詞に光輝こうきの頬がピクピクと動く。


(このド天然・・・!! すぐ後ろにヤバいのが迫ってるってのに!? 早くしないと・・・)


密着したまま出口の扉の方に後ずさっているせいでさっきよりも光輝の身体にあれこれ押し付けられているのだが、背後に蠢く触手の様な何かが視界に入っている光輝にはそんな感触を気にする余裕など無かった。


(あれは・・・、多分アブソデュラだ。学術書で読んだことがある・・・)


暗闇に目が慣れてきたおかげで蠢いていた何かの姿がはっきりと確認出来た。赤黒いうねうねと動く蔓と真っ赤な大輪の花が何とも毒々しい。


(確かヤツは動くものを感知して襲う性質があったはず・・・。だからゆっくり動いてこの場を離れれば・・・)


そう考え、陽花を抱えたまますり足で移動していた矢先。光輝は陽花が身体をプルプルと震わせている事に気付いた。


「・・・陽花?お前、震えてどうし――――」


と、その直後顔をバッと上げた陽花が身を捩らせて叫ぶ。


「あぁぁぁぁんっ!! もうダメですこーくん、こんなに抱き締められたら私・・・、私ぃ・・・!!」


紅潮した顔に手を当てて悶える陽花。そしてその背後で待っていましたとばかりにアブソデュラがシュルシュルと動き出す。


「陽花・・・、お前というヤツは・・・っ」


「はい、なんですかこーくん?」


頭を抱えた光輝に満面の恍惚とした笑みを向ける陽花。それを見た光輝は酷い頭痛を覚えた。


(事態を悪化させる事ばかり・・・、というかいい加減気付け!!)


心の中で叫び、光輝は陽花の手を掴んで一気に出口に向かって駆け出した。


「逃げるぞ陽花っ!!」


「ええっ!?愛の逃避行ってやつですかこーくん!?」


「ああもうっ!後ろを見ろダメ陽花っ!!」


「ひどいっ!でもあだ名っぽくていいかも・・・、ひぃっ!? あれなんでしゅかっ!?ひだっ・・・、ひた噛んだあ・・・!!」


無理矢理後ろを向かせた陽花がやっと追いかけてくるアブソデュラの存在に気付く。驚いた拍子に舌を噛むのも陽花らしいと言えば陽花らしい。


「お前がエリトン先生の教室に入るからだっ!とにかく逃げるぞ!!」


「ふぇえっ!?ふぁたし、へりほんへんへーのひょーしつ、はいっへはんへふかあ!?」


「何言ってるか分からん!! 気付くの遅すぎだバカ陽花!!」


「ふえーん、ほんなぁ・・・!!」


そんな一文の得にもならない不毛なやり取りをしながら二人は空き教室を飛び出し、廊下を駆ける。光輝が後ろを振り返れば蔓を手足の様に伸ばして教室から這い出てくるアブソデュラの姿が見えた。


「ヤバいぞ、急いで走れ陽花!!」


「ほんな・・・、ひたが・・・ひたがいひゃいれすっ!!」


「我慢しろっ!アイツに捕まったらとんでもない事になるぞっ!!」


涙目で舌の痛みを訴える陽花を全力でスルーし光輝は走る。四肢を天井や壁まで伸ばすアブソデュラの速度は早い。頭の中では以前、学術書から得たアブソデュラの生態について思い出していた。


(確かアイツの生態は――――)


「おらァ、見付けたぜ才賀ァっ!!」


と、横の通路から突然男子生徒が飛び出してくる。だが止まれるはずもない光輝は全速力でその横を駆け抜けた。


(許せ、名も知らぬ男子!!)


「おぃ、おま・・・ひぃっ!? 何だこの化け物はっ!?」


「シュルルルル・・・」


そして背後で無情にも男子生徒がアブソデュラに手足を掴まれる。


「ほーふん!あのひほ、ひゃいひょーふへふかっ!?」


それを見た陽花が後ろを振り返り、叫ぶ。


「なんだって!? あの男子か?大丈夫だ死んだりはしない・・・、ただ・・・」


そう光輝が話すと同時に男子生徒の眼前に真っ赤な花が迫る。そして花の全貌を見た男子生徒が叫んだ。


「ひいい!?なんだそのデケェ唇はっ!?」


しかしその男子生徒の顔にアブソデュラが覆い被さった。そう、学術書に書いてあったアブソデュラの生態とは・・・。


「あのデカい唇で生き物から魔力を吸収するんだ・・・、それも口からな・・・」


ぶちゅっ、と水音がしたかと思うと男子生徒の身体がビクンと跳ねた。その顔にはアブソデュラの大きな唇が張り付いている。


「ふぐっ!? むぐぐぐぐぐ〜!?」


そして抵抗する間もなく、あっというまに男子生徒は抵抗をやめ、程なくして地面に倒れた・・・。


「ち、ちょっとひゃんですかあれはっ!?私ファーストキスまだですよぉっ!?」


やっと舌の痛みから脱した陽花が涙目でそう叫ぶ。


「ヤツの別名は初接吻殺しキス・オブ・デス・・・、オレだってあんなのに初キスを取られるのはごめんだ!!」


「なんですかその二つ名!? いやぁっ!初キスはこーくんがいいですっ!!」


(だが、走るのはこっちの方が早い! あの男子生徒のおかげで距離が開いた、このまま逃げれば・・・)


だが、世の中そう上手くはいかない。いつだって人生は予想外の連続なのだ。こんな時に廊下の角から飛び出した美少女とぶつかって尻餅をついてしまうくらいには。


「うおっ!?」


「キャッ!? ・・・あれ?才賀くん・・・?」


ぶつかったというのに柔らかい感触と聞き覚えのある愛らしい声。見上げてみればそこには・・・。


「な、なんでここに雛森姫日葵が・・・!?」


前門の美少女に後門の死刑執行人。光輝の正念場がここから始まるのだった。



























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る