「溶解」

「…君も、パパとママと、同じ事、言うんだね。」


「えっ?」


思わぬ返答にまごつく。パパ?ママ?


「私が、最初にはっきりと空を飛びたいって思ったのは、小学五年生のとき。」


彼女はゆっくりと外へ向かい歩きながら淡々たんたんと過去をかたはじめた。僕はあわてて靴をえ、彼女についていく。


「友達と遊んでた時に、ふざけ過ぎてブランコから落ちたの。頭を強く打った気がしたんだけど、それよりも目に飛び込んできた空の青さが体を突き抜けて、信じられないほど衝撃しょうげきが走った。目がチカチカするくらいまぶしくて、頭の中が青で一杯いっぱいになった。」


彼女のは今まで見た中で一番輝いていた。

それは多分、彼女の言う“初めて空を飛びたいと思った時”と同じ輝きを宿やどしていたのだと思う。彼女は続ける。


「帰ってから、頭を打った事も忘れてパパとママに言ったわ。『あたし、空を飛びたい!将来は空になって、青とまざるの!』って。その時の二人の顔は忘れられない。まるで、狂人きょうじんを見るような…我が子を見てはいなかった。」


それからすぐに病院へと連れていかれた。と彼女は続けた。

勿論もちろん異常いじょうは見付からなかったらしい。今の彼女を見ても、狂人きょうじんでしかないと思うけど。


「パパとママは私にずっと言って聞かせた。『お前は世界一可愛いんだ。死ぬなんて勿体無もったいないだろ、なぁ、パパに言いなさい、何がいやなんだ?誰かにいじめられたのか?何か欲しいのか?』『ねぇ、ママと色んな所にお出掛でかけするんでしょう。あなたが大きくなったら外国に行きたいと言っていたわよね、お願い、ママと一緒に…』『死なないで』…だから私、私を好きな人と、空を飛ぼうと思ったわ。もちろん、私がその人を好きになれるような人。」


それがたまたま僕だったというだけだった。つまり代わりはいくらでもいる。突き付けられた事実があまりにこくで、目が熱くなる。聞いた瞬間、何かがれて、考えてもいない言葉が口をいて出る。


「じゃっ、じゃあ、僕と飛ぼうよ。こうなったら何処どこまでもついて行くから!

空でもどこでも、二人だったら飛べるでしょ⁉」


彼女は豆鉄砲まめでっぽうらったような顔で、ひどく驚いている様だった。

彼女を失いたくない一心いっしんで続ける。


「世界一綺麗な青空なんて、僕らが空を飛んだら何処どこだって世界一になりますよ!だから何処どこへだって行きましょう!さぁ、ほら!」


腕を伸ばして、今度は僕が彼女の手を取る。

街の中心に建つなんなのかよく分からない塔に向かって走り出す。

こうなったら二人、美しく死んでやろうじゃないか!!!


二人走って、走って、走りまくった。坂を上り、下り、塔の下についてからも、とにかく階段を、彼女の手を引き上りまくる。

しばらく上った後、僕らは息もえ、ようやく塔の一番上に着いた。


その時の空と言えば、雲が全体的に薄くかかっていて、とても青空とは言えなかった。


「僕の事、まだ好きかな」


「好きじゃなかったら殴ってる」


「そうだよね、曇天どんてんだもん」


「せーので空、飛ぶでしょ?」


「もちろん!」


『せーのっ!』



そうして僕らは空の青さに消えてった。空から見れば、僕らなどざるにりないちっぽけな存在だったのだ。だが、これほどまでにあざやかな青を見たのは後にも先にもこの時だけであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青空に溶けていく。 つばめんぬ @Tubamennu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ