第38話 おかしくなりつつある元淡白女子

 頭の中で同じ言葉がぐるぐると回り続ける。『今日の服似合ってるな』という波留君の言葉が。それを言った波留君の照れくさそうな姿が。


 確かに、褒められればいいなとは思っていた。あたしだって女子だし、好きな人に褒められるのは嬉しいから。でも、ここまで破壊力が高いことなんて想像もしていなかった。


 最近は何度も見学に来ているから、バレーの人たちもあたしたちを見ると快く受け入れてくれるようになった。キャプテンさんがその最たる例で、あたしたちを見つけるなり駆け寄ってきてくれる。


「……伏見さん大丈夫?少し顔赤いけど」


「大丈夫、だと思います………。今波留君にやられてます」


「なるほどね。それは相当辛いなぁ………。まあ、収まるまでがんばれ」


 いつものようにいい笑顔のキャプテンさんは準備のために体育館の奥の方へと走っていった。波留君はさっそく準備運動を始めている。


 ネットを張るのは早くバレーがしたい男子大学生たちが積極的にやってくれるらしく、他の人はそれを見て準備運動をしている。ランニングをしたり、体を伸ばしたり。バレーの基礎的なことはみんなでやるけれど、準備運動は各自でやるらしいのだ。


 そして見学しているあたしの横には光瑠ちゃんでも美波ちゃんでも明人君でもない人が一人。


「涼香ちゃんたちもけなげだねぇ。私にはもう無理だわぁ」


「っていいながら結構な頻度で見に来てるじゃないですか、キャプテンさんのこと」


「連れてかれるのよ、強制的に。………まあ、連れて来られた本人が楽しんじゃってるんだから一番の問題はそこよねぇ」


 キャプテンさんの恋人さんだった。結構長いらしく、二人の姿はまるで夫婦そのものだった。あたしとしては羨ましい限りだ。


「にしても、涼香ちゃんたちはどうするの?結局一人を奪い合ってるみたいだけど」


「どうしようもないっていう状況なんですよね。蹴落とし合いたいわけでもないので、みんなギラギラしてるわけじゃないですし」


「……不思議よねぇ、そんなに仲良しなの」


「私たち自身もよく話します。可笑しいよねって。まあ、それで何とかなってるんで今のところはちょうどいいんだと思うんですけど」


「そうよね。貴女たちの大切な恋愛だもの、私が口を挟むことじゃないわ」


 恋人さんはおっとりした性格で、ボールとかが飛んできても慌てて避けることはしない程度にはゆったりと生きている人だ。


 変化を嫌う性格だったあたしは、何気に恋人さんと話が合った。


 バレーボールが地面を打つ音が響く。


「……やっと始まったわね」


「やっぱり実際にボール打ってるのを見てる方がたのしいですよね。準備運動とかも結構眼福ではあるんですけど」


「筋金入りね。私にはそこまで高度なことは無理だわぁ」


 波留君は今日はキャプテンさんと練習していた。普段は大学生の方の誰かとしていることが多いのだけれど。


 時折いつもより力が入ったスパイクを打っているように見えるのは間違いじゃないだろうか。キャプテンさんはにやにやと笑っているし、揶揄われているのかもしれない。


「……若い子は揶揄いすぎるなってあれほど言ったのにねぇ」


 少し冷めた空気の恋人さんが小さく呟いた。


「あたしは照れてる波留君を見れて眼福なので止めないで上げてください」


「………そうね。あんまり強く言い過ぎないようにするわ」


 最近は美波ちゃんに毒されてきたようで、可愛い波留君もいいなと思い始めてきた。もとから嫌いではなかったのだけれど、可愛い波留君を見ているとだんだんと興奮するようになってきた。今までは歌っているときかイケメンムーブされるときだけだったのに。


 波留君ががらがらとボールの入った籠を引っ張っていく。


 練習のメニューが変わったようだ。サーブの練習をしたい人がいるらしく、サーブの人固定で他はいつも通り試合形式のだという指示を出す声が聞こえてきた。


「ほら、波留君始まるわよ」


「分かってますよ。目を離すわけないじゃないですか」


「真っすぐ見つめ続けてるのを悪いっていうわけじゃないけど、前それで転んだんだから気を着けなさいよね」


「転んだら波留君が駆け寄ってきてくれるから本望です」


「心配をかけることになってしまうので怪我はしないようにしましょう」


 優しく諭されるような形になり、不本意ながらも仕方がなく頷いた。確かに波留君に無用な心配をかけてしまうようなことはしたくない。あたしは波留君を困らせたいわけじゃなくて、ただただ好きなだけなのだから。


 今日サーブの練習をすると言った人は、自分の武器であるサーブをより一層レベル上げするために練習したかったらしい。明らかに球速の速い球が相手コートに飛んでいった。


「………すごいわねぇ」


 その先にいた波留君はこともなげにサーブを受け止めていた。こういうことがあるからこそ、サーブの練習をしようと思い立ったのだろう。


 すぐに動き出せるように低い姿勢のまま、真剣な表情───それでも楽しそうな笑みを浮かべて波留君がコートの中を駆け回る。


 相変わらずキラキラしている。


「はい、戻ってきてくださーい。涼香ちゃーん」


「…………戻って、きてます。はい」


「上の空すぎやしない?」


 無理、好き。いっぱい好き。愛してる。私には語彙力が足りない。


 その後、こちらに来た波留君の汗に濡れた首筋がとてもえっちでした。運動をよく頑張っていたみたいで、少し息が乱れていたのも大変えっちでした。

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