第36話 元淡白女子がちょっとお怒り
私は今、絡まれていた。
「ちょっと君ー、何してくれてんの?」
少し鋭い瞳、無表情な顔、高めの伸長、細身の身体。
涼香さんに現在進行形で壁ドンをされていた。一部の女子には需要がありそうなほどに様になっている。
「私何もしていません」
「えげつない棒読みなんだけど。しかもあたし、光瑠から聞いてるからね。明らかにレギュレーション違反してたって」
前に私が言った言葉をきっちりと覚えていたようで、そっくりそのまま返された。確かに昨日の自分の行動を思い返すと非常によかった───いや、よくやった私。………でもなくて───やり過ぎだったような気がしなくもない。
「幸せそうな顔しているところ悪いんだけど、アピールしない暗黙の条約はなくなったってことでいいの?」
「…………波留さんが嫌そうじゃなかったんです、最初にちょっと距離詰めたとき。それが嬉しくて」
「ものすごく分かるよ、美波ちゃんの考えてることは。あたしも同じ状況だったら同じことをしてると思うし。………あんまり無理してアタック我慢する必要もないかもね」
「そうですよね。私たちが嫌われないために取り決めていたことですけれども、その必要もなさそうですし。さすがにやり過ぎるのはまずいですが」
「それでいい気もするね。光瑠ちゃんは、………まあ、頑張ってもらうということで」
今までアタックしてこなかった理由には、光瑠ちゃんの不器用さもあった。普段は溌剌して元気そうな彼女だが、ふとした時に心配性すぎて不器用になったり、恋愛に関してはてんで役に立たなかったりするから。
それのせいで、光瑠ちゃんだけ波留さんとの距離が遠いというのは避けたかった。光瑠ちゃんはそういうところで結構落ち込んでしまうだろうし。
私たちも結論を出せているわけではないけれど、みんなが波留さんと一緒に居られる結末なんてものを心のどこかで臨んでしまっている。そして、波留さんならばどうにかしてくれるのではないだろうかという淡い期待も。
私一人で波留さんを独占したい気持ちも、なくはない。それでも、みんなが波留さんを大好きで私たちも仲がいいから、私たちの中の誰かが振られて悲しむなんてことは嫌だ。
「ってなると、今まで我慢してたいろいろが解禁されるわけだよね」
「やり過ぎはまずいですけれど。恋愛恐怖症再発かなんかで拒絶される個だけは本当に嫌ですから」
「………いつも光瑠ちゃんのこと『心配性だ』っていうけど、美波ちゃんも大概だよね」
「何言ってるんですか。どうせ涼香さんも似たようなものじゃないですか。波留さんの愛が溢れすぎて暴走しないように一週間に一回息抜きを作ってるくせして、そんなこと言えます?」
「はいはい、拗ねないの。別にそれが悪いって言ってるわけじゃないんだから」
がしゃがしゃと涼香さんが私の頭を撫でる。いつもは私が誰かの頭を撫でてるのに。でもそれが妙に心地よかった。
私は人を撫でるのが好きだ。高校生に入るまではこれと言って友人がいなかったので、そんなことを自覚することもなかったのだけれど。両親が厳しい人だからこんな性格に育ってしまい、所作が良かったからか知らないけれど言い寄られることが多くて、それでさらに塩対応が板に付いてしまって。
仲良くしてくれる人が四人もいて、今の私は本当に幸せだ。絶対に嫌われたくないと思うほどには。
「いつもは撫でる側なんですけどね」
「いいじゃん、たまには撫でられても。まんざらでもなさそうだし」
「ええ。思ったより良かったのであとで波留さんにもやってもらいます」
「撫でられるのが嬉しすぎてでろんでろんになってそう」
「否定できませんね」
そうして二人でだらだらと廊下で話していると、教室から出てきた光瑠ちゃんが、心配そうな瞳でこちらを見ていた。あそこまで小動物的な心配げな表情を浮かべられるのはある意味才能だと思う。友人のひいき目という線も否定できないけれど、やっぱり世界いちかわいい。
涼香さんはクール系枠だから、光瑠ちゃんとは比べられない方面で魅力的な人だと言える。波留さんは無邪気枠だからこれもまた違う。
「………最近美波ちゃんが暴走してる気がしてならない。少しぐらい発散する日を作ったらどう?あたしの家くる?」
「心外ですね。………でも、行ってみたいです」
「いつでも大歓迎だから、今度女子会してもいいかもしれないね」
少しお怒り気味だった涼香さんと連れていかれた私が喧嘩していないか心配だったようで、私たちが二人で仲良く話していたのを見て安心している光瑠ちゃん。そんな光瑠ちゃんを見て涼香さんが言った。
光瑠ちゃんは唐突な話についていけてないようだったけれど、『女子会』という単語を聞いて目を輝かせている。なんでこんなにも、表情での感情表現が上手なんだろうか。
「僕、嬉しい」
「なんで片言なの」
耐え切れなかったようで噴き出した涼香さんが、体を揺らす口数少ないままの光瑠ちゃんを見て言った。
「………二人が喧嘩してたらどうしようって、すごい不安だったの」
「そんなことしないですから、安心してください。私たち三人は仲良しですからね」
「ほんとに。普通恋愛漫画とかだったらライバル同士は敵対してるはずなのにね。まあ、………同じ
涼香さんの言葉で今はここに居ない波留さんを思う。
私たちが急にアピールし始めたら戸惑うだろうか。照れるのではなくて嫌悪感を示すだろうか。
少しの不安と、それでも幸せな妄想を頭の中で繰り広げながら、抑え切れなくなった恋心にため息をつく。………確かに、自分が暴走してしまいそうで怖い。
「……あたしのこともちゃん付で呼んでほしい」
そんなふうに少しの間沈黙が流れてたのだが、涼香さんが小さな声で言った。いつものどちらかと言えばさばさばとした声音ではなく、本気で恥ずかしそうに。顔を逸らす涼香ちゃんを見つめる。
「涼香ちゃん」
「………はい」
照れくさそうに、それでも確かに嬉しそうに涼香ちゃんは返事をした。
「なんで二人でラブコメ始めてるの………?」
「ちょ、私は波留さんが好きなんですよ!?」
「ほらほら、そんな騒ぐと誰かに聞かれるよ」
慌てて周りを見渡すも、こちらを注目している人はいないようだった。廊下の端で話すようにはしているし、声も抑えているんだけれど………。
そうして必死に周りを見渡した私を見て、涼香ちゃんは楽しそうに笑っていた。
今度は私の方が恥ずかしくて、涼香ちゃん───そして一緒になってにやにやしていた光瑠ちゃんを優しく小突いた。
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白米のせご飯。
パンサンドイッチ。
パスタ入りパスタ。
………最後は少し強引だな。
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