第33話 ボーイッシュは口ごもる
僕にとって波留君というのはどういう人だっただろうか。
はじめは、ただただ仲良くしている人だった。元は男子と仲良くなることはあまりなかったのだけれど、波留君とは隔たりを感じずに話せた。思えばその頃から、波留くんは僕にとっての『大切』だったのかもしれない。
「光瑠もやるか?」
「………ちょっと僕は休もうかな」
「了解」
別に足が疲れたりしているわけではない。
今僕がいるのは、波留君の家だ。いつか『春乃夜』さんとしての動画作成で録音を聞かせてもらったときの、あの波留君の部屋。あれから何度も何度も遊びに来ているから、この部屋も見慣れてきた。
未だに波留君の普段過ごしている部屋にいるということを意識すると緊張してしまって精神的に少し疲れるのだけれど。
楽しそうにゲームをする波留君の姿を眺める。幸せそうに、楽しそうに。明人君は相変わらず波留君よりも強くて、楽しそうに画面を食い入るように見ている。これの仕返しをするかのように、勉強をするときは波留君に明人君がしごかれているけれど。
幸せそうな波留君を見るのは好きだ。普段、気を遣ってくれたり、優しくしてくれたり、そういう波留君が僕は一番好きだけれど、そうして周りばかりに気を配っていたら波留君自身の幸せはどうなるのと思ってしまうから。
波留君は、そうやって心配になるほど優しい。ふとした時にいつも、波留君の優しさを感じるのだ。
「……私たちもそろそろ参加しましょうか。こうして波留さんを見つめている時間は終わりにして」
「……そうだね」
いつからか、遊びに来た後少しの間男子が遊んでいるのを眺める時間を作るようになった。自分たちで遊ぶのも好きだけれど、誰かが楽しんでいるのを見るのはこちらまで楽しくなってくるから。それは自分の好きな人であるならなおさらそうだ。
「次は私たちも交ぜてください」
「おっけー。んじゃ、ちょっと本気出しますか」
ゲームに集中しているであろう二人に声を張り上げて掛け、それに明人さんが前を向いたまま答えた。ゲーム音と前の壁に跳ね返る声とが混ざる。
本気を出すと言った明人君は、波留君のキャラクターを容赦なく叩きのめした。そしていつものように、拗ねた顔の波留さんがいる。南の方を伺ってみれば、そんな子供っぽい波留さんが好きでたまらないとでも言うように少し頬を紅潮させてはにかんでいた。
美人は何をするにしても得だな、と近頃感じる。
今までミナに引け目を感じることはあっても、嫉妬に近い感情を感じることはなかった。それが、最近では少し。
ミナのことは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。でも、ちょっとずるいなって思ったり思わなかったり。ミナは自分の容姿を保つために努力していることは知っているはずなのだけれど。
僕がもっと可愛かったらとか、もっと整った容姿をしていればとか、もっと穏やかな性格をしていればとか、逆にもっと明るかったらとか。
「ほら、光瑠ちゃん。やりますよ」
「……あ、ありがとう」
ちょっと落ち込み気味だった僕が分かったようで、ミナは心配そうな笑みでこちらを見た。何でもないよと首を振って見せるも、なおも心配そうなまま頭を撫でられた。
ミナは人の頭を撫でるのが好きなのだろうか。前に波留君の頭も撫でていたような気がする。
少し不安だった気持ちは、忘れることにした。ずっと抱えていたって、自分一人でどうにかできるものばかりでもないだろうから。
「みんな上達してきたからなー。負けたくないなー」
「さすがに明人には勝てない」
「お、嬉しいこと言ってくれるね。ま、当然だけどね」
「この後みんなで勉強な」
「……うげぇ」
明人君がどや顔で言った直後、波留君はいい笑顔で言った。
僕は勉強は嫌いではない。成績で言えば、このグループの中ではミナの一つ下だ。波留君とミナは頭が良すぎるから比較するのもちょっとあれだけれど。学校の中で見れば中の上程度だろうか。
明人君と涼香ちゃんは勉強が嫌いなようで、波留君とミナがつきっきりで二人のことを見ていることが多かった。今日は涼香ちゃんがいないので、明人君には教師が二人つくことになりそうだ。
少し勉強ができるばかりに二人が僕の専属になってくれないのはちょっと寂しかったりする。だからと言って駄々をこねようと思うわけでもないし、結局は自分の思いは胸の奥に閉じ込めて一人寂しく勉強するしかない。
けど。
「……もう一回やりたい」
もうちょっとだけでもいいから、みんなと遊びたかった。せっかく遊びに来たのに、寂しく勉強なんていやだから………。
なんて思っていたら、優し気な瞳で波留君に見られた。ちょっと恥ずかしくて思わずミナに助けを求める。ミナは波留君と同じように、微笑ましいものを見る目でこちらを見ていた。明人君は僕をからかうように笑っていた。
「ほら、早くっ!」
本格的に恥ずかしくなってきて、にやにやしているみんなをゲームに急かした。
渋々という風に、明人君がゲームの設定を始める。
視線を感じて、恥ずかしくて下げていた目線を上げると、波留君が未だにこちらを見つめていた。すぐ隣にいる波留君の優しい目が僕をずっと見つめていて、心臓の鼓動が否応なく早くなっていく。
また揶揄われてるのだと思って、急かそうと口を開こうとすると、僕の口が言葉を発する前に波留君が微笑みをそのままに小さく言った。
「……光瑠も楽しんでくれてるみたいでよかった」
優しい波留君の言葉が心を大きく揺らす。
「そりゃ楽しいよ。みんなで遊んでるんだし」
「……そう?」
「うん。だって、波留君だって楽しいでしょ。それと同じだと思うな」
「……そうか」
少し顔を俯かせながら話していた波留君は最後にもう一度笑顔を浮かべた。こちらに気遣わし気だった表情と混ざった優しいその笑顔が、心地よくも居心地悪くもあった。
今の波留君は、いつもの波留君だ。あのかっこいい姿の波留君ではなく、いつもの少し静かな姿。だからこそ、恋心に邪魔されて上手く話せないことなんてないと思ったのに。
『波留君と遊べて嬉しい』と言おうとしても、口ごもってしまって上手く言葉に出来なかった。
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