第31話 美人の想い

 波留さんってかわいい。


 普段は凄い落ち着いた大人な感じなんだけど、ふとした時にはすごいあどけない笑顔を浮かべるところとか。あとは、ちょっと悔しいことがあると拗ねたり、みんなで遊べると思ってたのに中止になると露骨に寂しそうになったり。


 完璧人間だと思ってたのに意外と不器用な部分もあったりして、見ているだけで本当に癒される。最近はずっと一緒に居たからか、心臓が忙しすぎたりすることはないけど、それでもやっぱり波留さんのことは。


「………涼香さん、本当に今日来ないんですか?」


「今日はちょっと。まあ、普通に用事があるのもあるんだけど」


「そうなんですね。なら仕方ないです。……でも、波留さんぐらいしか寂しそうな顔してませんが、みんなやっぱり寂しいです」


「波留君露骨に寂しがるからね。ま、波留君も含めてみんな寂しがってくれるのは嬉しいかな。今まであんまりそういう友達いなかったし」


 でも今日の引きこもりデーは譲れないけどねー、と涼香さんは笑う。ずっと前から春乃夜さんが好きで、生きる理由の一つなのだと。そういう涼香さんが羨ましいと思う部分は少なからずあった。


「ならよかったです。私たちは涼香さんの初めての友達ということで」


「そんな嬉しそうな顔しないでも。みんなと仲良くなれて本当に嬉しいから、そこは違いないんだけど」


「ありがとうございます」


 寂しいのは、寂しい。


 やっぱりみんなで遊べるのは楽しいし、一人欠けただけでもちょっと賑やかさが落ち着くような気がしてしまうのだ。光瑠ちゃんや涼香さんがいないと、やはり静かなやり取りでしか会話しなくなってしまうから。楽しくないわけではないんだけど、全員揃ってこそな気がするのだ。


 なんてことを言っても、結局涼香さんは家に帰るのだろうから引き留めはしない。私にだってこれが好きだと決めたら譲れないような頑固な部分はあるのだから。殊更波留さん関連のこととなったら止めがなくなってしまうのは分からなくもない。


 分からなくもない、というか、ものすごく共感できるのだけれど。


「まあ美波ちゃんは寂しがってるようなかわいい波留君が好きなんだもんねー」


「………そうですけど何か」


「美波ちゃんって恋愛不器用なわけじゃないけど、そういう空気になるとちょっとぎこちなくなるよね。………案外不器用なの?」


「……そんなことないです」


「大好きで仕方ないってバレバレな態度なのに」


「………んぅ」


 それは涼香さんも光瑠ちゃんもそうでしょうと、そう声を大にして言いたい。もういっそのこと波留君に私たちの想いが知られてしまうぐらいには大きな声で。


 少し顔が熱いような気がする。前まで恋愛関連でこんなことなどなかった、というか恋愛感情は向けられているばっかで自分が抱えることになるとは思っていなかったので、どうも調子が狂う。


「とりあえず、あたしは家に帰りますから。みんなで楽しんできてねー」


「わかりました。涼香さんも、夜遅くまで起きてて明日が大変なことにならないように気を付けてください」


「わかってる」


 そう何度も言わないでよとでも言いたげな顔で涼香さんは返事をした。彼女の言う『一週間に一回の引きこもりデー』の翌日は大概授業中爆睡しているにも関わらず、だ。


 結局我慢できずに今日も夜更かしをするのだろう。夜中になったら連絡を取ってみた方がいいのかもしれない。でも本人が楽しいのならば、それでいいのだろうか。


 涼香ちゃんは光瑠ちゃんと話すために椅子ごとじりじりと動いていった。私が振り返ると。


「……何話してたんだ?」


「…………波留さん。別に大したこと話してないですよ、今日来れないんですねっていう話を涼香さんと」


「そうか」


 ………びっくりした。まさか本人が登場するとは思わず。


 どうも心臓の鼓動の速さも顔の熱さも制御できない。今までの学校生活でがんばって保っていた笑顔も崩れてしまうような気がしてならない。完璧であろうとしていた私な筈なのに。


 波留さんを前にしてだんだんと完璧主義の感覚が薄れてきた。別に抜けきっているのがいいとまでは言わないけれど、ちょっとぐらい抜けている部分があってもいいのではないかと。現に波留さんにもちょっと隙はあるのだから。


「涼香さんが来ないの寂しいですね」


「………まあ、そうだな」


「もし私が来なかったら寂しいですか?」


「……そりゃあ、もちろん」


 もちろん、もちろん、か。純粋に嬉しい。


「どうした。そんな嬉しそうに」


「………自分がいないと寂しいって思われているのは、仲良くなれているのが実感できる気がして。………私は波留さんが来なかったらものすごく寂しいですからね」


「……確かに嬉しいな。ありがとう」


 こういうときに素直にすぐお礼が出てくるのが波留さんらしい。私は自分の性格を誤魔化して良い人であろうとしている部分があるから、どうしても細かい部分で無理が出てくるのだ。


 好きだなぁ、と心の中で呟いてみる。


 実際に口に出しているわけではないのに、恥ずかしくてたまらない。あの心臓の奥を掴まれるような感覚に苛まれて仕方がない。


 ふと視線を上げると、波留さんは窓の外を眺めていた。少し長い髪の毛に下に隠された透き通った瞳を見る。優しさと温かさがすべて込められたかのような瞳を。


 何を見ているのだろうか。ただただぼんやりと眺めているだけなのかもしれない。


 波留さんがどんな姿だからとかに関係がなく、波留さんが好きだった。彼に言われたからそう思ってるとか、言い訳がましいとかそういうことじゃなくて。純粋に、彼の人柄も、運動ができるところも、今見ている横顔も、あどけないところも、楽しそうな笑顔も、そして容姿も、すべてが私の好きな波留さんだ。


 もっと話したい、もっと知りたい、もっと好きになりたい。


 この大きすぎる気持ちを告げたら、波留さんは私を嫌いになるのだろうか。それだけは本当に嫌だ。私のことを嫌いにならないでほしい。想像するだけで泣きたくなってくるし泣きそうになる。


 でも、少しは進まないと。前に踏み出さないと。


 自分だけ取り残されているような焦燥でもない、波留さんから見放されることに対する恐怖でもない。ただただ純粋に、私がもっと波留さんと仲良くなりたいから。


「………どうした?」


 私の視線に気が付いたのか、波留さんは少し困ったようにこちらを見た。


「何でもないです」


 好きだと伝えるのは、特別な場所でなくてもいい。ちょっと二人で話しているときとか、そういう時でいい。一言「すきです」と伝えるだけでいいのだから。


 ちょっと恥ずかしくても、幸せな想像に心は踊った。

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