第23話 イケメンは素直になれない
波留君が「早く我が家行こう」と言ってくれたので、あたしたちは波留君に連れられて足早に住宅街を進んでいった。指をさして示してくれた家は、良くも悪くも普通の家だった。少し大きいかな、という気はするものの、一般人でもがんばれば手が届きそうな。
「……母さんがいるっぽい」
「あの車?」
「そう。あんまり高いの買わない人なんだけど、あれだけは気に入って買ってきた」
………車を気に入って買ってきたって、そこまで気軽に手を出せるようなものでは無いんだけれど。きっと相当気に入ったのだろう。
波留君が指さしている先には、お洒落なパステルカラーの軽自動車が止めてあった。
「まあ、きっと大丈夫だと思う。とりあえず入ってもらって」
いざ玄関の前まで来てみると、細かいところにまで気遣われているのが分かるような整った家だった。これがあの真子様や眞家日向さんが住んでいる家だというのはいまだに信じられないが、小綺麗な家でお洒落なことは分かった。
真子様、というのは女優の宮本真子の愛称だ。整った顔立ちとふわふわとした性格でこのように呼ばれている。今でもドラマや映画に引っ張りだこで、眞家日向さんとのツーショットなどは『仲が良くて尊い』などと言われるほど。
眞家日向さんを含めて、本当に人気な『有名人』だった。
「……なんか、みんな緊張してない?」
「いや、有名人の方の家にお邪魔するっていうのは緊張するもんだからね!?俺はまだしも、そういうのちゃんと気にしそうな涼香とか美波とかはきっとかなり緊張するからね!?」
「え、僕は?」
緊張とわくわくとした気持ちが入り混じってみんなのテンションがおかしくなっている。もちろん波留君はいつも通り落ち着いているけれど。
美波ちゃんは、いつもよりも少し元気がないように見えた。
「みーなみちゃん」
少し離れたところを優しい笑みを浮かべながら、それでもどこか上の空で立っていた美波ちゃんに声をかける。一拍置いてから、その笑みが私に向けられた。
「………どうかしましたか?」
「ううん。無理しないでって言いに来ただけ。いざとなったらまた波留君が守ってくれるし、いつでも頼らせてくれると思うよ。光瑠ちゃんとか明人君だって、もちろんあたしだっていつでも頼っていいからね」
「………ありがとう」
不意に見せた表情はそれでもやはり少し辛そうだった。こんなにすぐに立ち直れなんて無理を言っていることは分かる。それでも、………傷ついている
こんなことを思うのは自分勝手だろうか?
でも、あたしは元気な美波ちゃんが好きだった。思ったよりも大胆だったり、いたずら好きだったり、そういうかわいい美波ちゃんが。
「え?」
だからぎゅっとした。美波ちゃんが驚いてるのは見て取れるけど、それも構わず。
「………今、あたしの元気を分け与えてる」
ぽかん、と何が起こっているのか分かっていないような少し間の抜けた表情になってるんだろうな。それでもさっきのうわの空で少し辛そうな表情よりも格段にいつもの美波ちゃんらしい表情なんだと思う。
少し間が開いてから、小さく笑い声が聞こえた。
「……ふふ、ありがとうございます。元気になりました」
「そう?………よかった」
抱きしめていた手を離す。美波ちゃんは元気そうだった。やっぱりこっちの方が美波ちゃんらしい。
「あ、あ、あ、僕もー!」
無邪気な笑みで光瑠ちゃんも美波ちゃんに抱き着いて、美波ちゃんはそれをより一層柔らかく優しい笑みで見守っていた。これでこそいつもの光景だ。
「………家の直前なんだが」
「いいじゃん。波留だってかなり美波の様子気にしてたじゃん?」
「…………そうだけど」
「ほれほれ素直になりなさいよ、めちゃくちゃ気にかけてたくせにー。もうちょっと感情表現が上手になれるといいのにねー」
「うるせえ」
いつものようにどころか、いつもよりも少し元気そうな様子の美波ちゃんを、波留君も明人君も優し気な目で見ている。
二人とも、最初よりもかなり仲良くなった気がした。なんでもできそうな割にはいろいろと抜けている波留君にとって、抜け目のない性格をしている明人君はちょうどいいのだろう。
「………まあ、元気が出たみたいでよかった」
「そうだな」
揶揄っていたくせして、明人君も相当心配だったようだ。美波ちゃんだけでなく、波留君も含めて。こうしてわざとらしく揶揄っているのもいつもの調子を取り戻してもらうためだろうし。
……みんないい友達だなと、改めて嬉しくなる。最初は波留君とだけ仲が良かったり、美波ちゃんとだけ仲が良かったりしたけど、今ではみんなと仲良くさせてもらっている。きっとあたしが落ち込んでいるときでも、みんなが相談に乗ってくれる。
「幸せだな………」
そうして思わず漏らした言葉は四人のうちの一人の耳には届いたようだ。
明人君がわざとらしい笑みを此方に向ける。適当に視線を逸らしてはぐらかしつつ、小洒落た家の中へと入っていくみんなの後を追った。「お邪魔します」という美波ちゃんの声が家の中に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます