第22話 雰囲気イケメンの恐怖

 何が起こっているのか分からなかった。


 俺の周りには人が群がっているものだし、それは自分の優位性があるからだと思っていた。だからこそ、皆川と北島を気にかけてやっていたというのに、俺から逃げるようになったのが理解できなかった。


 痛む頬と未だ残る恐怖。


 理解のできない感情のままに足を進める。自分の家に帰るまでの道のりが酷く長く感じる。周りの景色がすべて濁って見える。


 あいつが眞家波留だということが理解できない。


「……糞、腹立つ」


 地面を足蹴にする。


 何で俺がこういう目に合わなくてはいけない?なんで俺以外の奴らが幸せそうな顔してるのを見てなくちゃいけない?


 全部が憎たらしい。全部がうざったらしい。全部消えてなくなればいい。


 そんな怒りと相反するように未だに心の中で燻っているのは、あの男への恐怖だった。何においても勝てる気配のない。


 怖い。とてつもなく怖い。


 自分は怖がってなどいないと、この恐怖を払拭したくて来た道を戻った。



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 なんで?


 疑問だけが頭を占めている。


「………糞、あいつあいつあいつあいつッ!!!!!」


 なんで幸せそうな顔して皆川と談笑してるんだよ!?


 隠れてこうして覗いているというのも気に食わない。一度逃げ出した挙句にまた戻ってきたというのも気に食わない。


 そして一番気に食わないのは───


 たまにこちらを見ては蔑むように歪むあの男の表情かお


 心の奥底をえぐり取られるような感覚。


 今まで自分の周りにあったはずの都合のいい世界がすべて崩れ去ったような感覚。自分を自分として保っていた有意差が消えてなくなったかのような感覚。あいつに殴られたときの頬の感覚。恐怖を示すような、汗で服が背中に張り付く感覚。


 怖い。


 どこかで、自分のやっていることはおかしいのだと理解していた。それでも、自分の優位が保たれるのであればそれでよかった。俺が幸せなのであればそれがすべてだった。


 それを、あいつは全て否定した。


 俺が優位だと思っていたものは悉く潰された。俺が信じていたものは悉く突き崩された。


 あの整った顔で、表面上は柔らかそうな双眸。こちらを射抜くような冷たいそれ。どこまでも吸い込まれそうな透き通ってほの暗いそれ。


 俺が動かないのを見てか、そいつは小さく口を開いた。



 ゆ る さ な い



 俺にはそう言っているように見えた。声は聞こえないのに、あいつの無駄に爽やかな声で永遠と再生され続ける。


 どうしようもない恐怖が身を竦ませる。


 覚束ない足で、家まで逃げ帰った。自室の扉を勢いよく占めて、カーテンも閉めて、春で温かいというのに布団の中に頭を隠す。


 いつからおかしくなった?


 手ににじむ汗。背筋に走る悪寒。


 もう、立ち直れそうもなかった。



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大里の背筋を走るオカン。

バーゲンセールにでも向かってるんですかね。

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