第13話 イケメン君はバレーを楽しむ

 皆川さんが駆け寄ってきた北島さんに微笑ましいものを見る微笑みを向けた。急に走り出した北島さんを追いかけるように、しかしこちらは余裕をもって明人と伏見さんが来る。


「んで、君誰!?」


 俺の素顔を知らない明人が近づいてくるなり叫び声をあげる。なんとなく雰囲気とかで察しているが未だに現実が呑み込めていない様子だ。そんな反応を楽しく思いつつも、皆川さんたちにした話と同じ内容を繰り替えす。


「……──ということだ」


「マジで言ってんの?……いや、顔とか考えれば理解しなきゃいけないって分かってるんだけど」


 説明を終えると明人は頭絵を抱えてうなり始めた。時折聞こえてくる「眞家がイケメンだぁ」とか「眞家日向って実名だったのかよぉ」という情けない声がどうも面白くて吹き出してしまった。


 それにつられて少し緊張していたらしい女子陣も表情を緩ませ始める。こんな男しかいないような状況の中に放り込まれて不安でないわけがないだろうから緊張が和らいだようで少し安心した。


 皆川さんもそうだが、友人たちの私服姿を見るのは少し不思議だ。特に明人はまるでファッションに興味が無いような恰好をしていて、上が無地の黒いトレーナーに、下が黒いジーンズだ。ものすごく申し訳ない感想を抱いてしまったのでオブラートに包んで言うと酷すぎる。


「……明人、その恰好かっこう酷いな」


「あ、それ言っちゃう?俺もそんな気はしてたんだけどさ……。ちょっと悲しくなる………」


「……すまん」


「波留さんは結構ストレートに言いますよね……」


 俺は両親の影響で服に気を遣うことが当たり前の空間で生きてきたから、明人の服装が気になってしまった。確かにストレートすぎる言い方はやめた方がいいだろう。


 男子の友人ということでテンションが上がり過ぎていたかもしれない。ここまで何も考えずに話せる男子の友人というのは本当に嬉しい。


「後で服選びに行こうな。俺手伝うから」


「……わかった。君のセンスを信じよう」


「俺のセンスが信じられないのであれば母さんあたりの服のデザインの人に意見をもらえば」


「次元が違いすぎて笑える」


 再び頭を抱えそうになる明人をいじめるのはもうやめて、そろそろ俺も準備に加わらないといけない。小学校の先生が開いてくれた小学校の体育館の中にクラブメンバーが吸い込まれていくのに、みんなを連れて付いて行った。


 後ろの友人たち四人が楽しそうに言葉を交わしているのを嬉しく思いながら、「ここで待ってて」と体育館の隅に待機させる。


 ネット諸々の準備を終え、最初はキャッチボールをする。トスをしたりアタックをしたりと基本的な動作を確認するものだ。こういう基礎練習は見ていて面白くないと思って大丈夫だろうかと、ちらりと視線を向けたのだが、楽しそうに談笑しているのが見えたので大丈夫そうだ。


 一緒に練習をしている大学生から「ほらほら、余所見か?」と揺さぶられる。わざとらしく完璧な場所に返してどや顔して見せると、楽しそうに笑って悔しがった。


 ボールを打つ手の感覚が心地いい。最初のころは慣れてなくて痛かった手ももうほとんど痛くない。そののちもいくつかの基礎練習のメニューをこなしていった。


 普段よりも短い時間で来栖さんが終了の言葉を言う。人を集めて今日のメニューを知らせてくれた。


「えー、今日はイケメン君の友人が来ているので、見せ場を作ってあげましょう。ってことで練習試合です」


 来栖さんが言った途端に『了解ですキャプテン!!』という声がハモって響き渡る。そのままの勢いで試合準備に散っていった。


「……来栖さん」


「いや、別に深い意味はないから」


「………まあ、ありがとうございます」


 来栖さんは俺に友人が出来たことを喜んでくれているのだろう。そして、せっかく友人が出来たのだからと、まるで子供の友人関係を気にする親のように気分が高揚しているのではないだろうか。


 ありがたいことこの上ないのだがどうも気恥ずかしいし申し訳ない。そしてクラブメンバーの人たちのテンションがバグっているのは何でだろうか。まさか女子が来たから自分もいいところを見せようだとかは思ってないだろうな。


 練習とはいえ一応試合なので、それなりの手順を踏んで最初のボールが打たれた。


 ボールを腕がはじく鈍く軽快な音がする。最近は試合などが出来ていなかったからいつもよりも楽しくなっている。


 同じチームにいる来栖さんのセッターでドンピシャにボールが飛んできて、思いっきり体を反らせた状態からスパイクを放つ。手が痺れる重い感覚と、着地した瞬間の足に響く感触と。


「来栖さんありがとう。めちゃくちゃ楽しい」


「久しぶりにイケメン君の幸せそうな顔見た気がするわ。ちゃんとサイン見ろよ、またお前に集める可能性もあるからな?」


「了解」


 スポーツ特有の高揚感というのは避けようがないものだ。自然と頬が緩んでしまうし、気づいたら身体が走り回っている。終わった瞬間の疲労感が分かっているというのに手を抜くということが出来ない。


 走り回って、ボールを受けて、サーブを打って、レシーブをして。どのくらいの間そうしていただろうか。時間が経っているのも分からないぐらいに集中していて、気がついたら首筋を汗が伝っている。ユニフォームの裾で汗を拭きながら、次のボールを追いかけた。

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