第12話 キャプテンと美人とイケメンと
高校生活が始まってから一番動きのあった一週間だったかもしれない。親しく話すようになった人が増え、学校でもただただ教室の隅で本を読んでいるだけではなくなった。そんな一週間の終わりごろ。
土曜の朝、少し辟易としながらクラブへと向かった。俺が参加させてもらっているクラブチームは基本的に社会人でチームが結成されていて、参加日は希望制だ。運動していると化粧も落ちてしまうので顔を隠すようなことはせず、髪も動きやすいように後ろでゴムで縛っている。
クラブを行う場所はみんなには伝えてある。明人にも来るか聞いたのだが『俺も行きたいなー。眞家が全力で運動してるの見たことないし。あ、それと俺のことは明人でいいよ』という返事が返ってきた。
クラブの人たちにも連絡して了承を取ってある。形ばかりの審議が入った結果、一応クラブ勧誘という形で来てもらうことになった。明人は運動できる方らしいので、もしかしたらクラブに入ることになるかもしれない。
借りている小学校の体育館の前に付くと、クラブの人たちはもう運動を始めていた。バレーをするのは十二人いれば最低限問題ない中で、毎回プラス五人程度いるのはこのクラブも結構人気だということだろう。
「おはようございます」
「あ、おはようイケメン君。君の友人たちのことだけど一応みんなに連絡とったよ」
朝一番に声をかけたのはこのクラブの金銭関係含めいろいろなことをしてくれている来栖さんだ。この人は相当バレーが好きなようで、クラブがある日は大体参加している。俺のことをイケメン君と呼ぶのもそろそろやめてほしいのだが、何度言っても聞いてくれないので諦めるしかない。
顔は隠していない状況でバレーをしているが、クラブメンバーは男しかいないので何かが起こることはない。その点は本当にありがたかった。
「ありがとうございます。……見たい見たいって言って聞いてくれなかったんですよね」
「の割には普段と違って嬉しそうじゃん。普段は女子とかから付きまとわれるとすごい辟易とした表情で『もうヤダ』とか言ってるのに」
「学校では顔隠してますからね。今日誘った人たちは俺の顔で近づいてきたような人じゃないんで」
「よかったじゃん」
三十代にギリギリいかない程度の割にはさわやかな笑顔で来栖さんはサムズアップした。悩みを来栖さんに相談していた時期もあったので、この人は俺のことを良く分かってくれる。
「友人たちが下手に絡まれないか心配ではあるんですけどね」
「まあ、そこらへんはわきまえてると信じてるよ」
「だといいですね」
クラブメンバーは社会人にもなってバレーをしていることからわかる通り、エネルギーに有り余っている人たちだ。俺が初めてこのクラブに見学しに来たときには、意味わからない絡み方をされて困惑する羽目になったし、今でも何を考えているのか分からなかったりするほどには頭が狂っている。
別にそういう人たちと過ごすことが嫌いではないのでいいのだが、その被害が友人たちに及んでしまうことを考えると少し自重してほしいのだった。
「まだ来ないの?その友人たちってのは」
「開始時間だけ伝えてあるんで、もう少ししたら来ると思いますよ」
クラブの開始時間は九時半だが、集合は大体九時には集まっている。今の時間は九時十分程度なので、もう少ししたら来るだろう。
そう思っていると、クラブメンバーの大学生メンバーの人たちからどよめきが上がった。視線を向けると案の定、そこには皆川さんがいた。俺の姿を認めた皆川さんが小走りで近づいてくる。
「おはようございます、波留さん」
「おはよう。この人がキャプテンの来栖さんで、今回の見学を認めてくれた人」
「よろしく。一応このチームでキャプテンをやらせてもらっています、来栖です。今日は見学っていうことで、存分に見てってね」
来栖さんを手で示すと、皆川さんが頭を下げた。来栖さんの自己紹介を聞いて、「ありがとうございます。今日一日よろしくお願いします」と再度頭を下げる。ここまで来栖さんに丁寧に接する人はいないんではないだろうか。このクラブメンバーの人たちはみんなフランクに接しているから。
「眞家君以来の丁寧な子が来た気がするね」
「そうですね。ほかの人たちは来栖さんに対しても遠慮のかけらもないですからね」
「………キャプテーン!ちょっと予約確認するから来てくんね?」
遠くから小学校の先生が出てきて、来栖さんの姿を認めるなり叫んだ。この体育館はいつも借りているので、この先生とも顔見知りだったりする。来栖さんは「じゃ、ちょっくら行って来る」と言い残して先生の方へと走っていった。
大方、予約表に名前の書き忘れとかそういうところだ。来栖さんは仕事はしっかりしているのだがこういうどうでもいいところでミスしがちだ。先生も慣れているので、誰だか分かっているが確認だけするつもりだろう。
「思ったよりも男の人たちが多いというか、なんというか。………圧がすごいですね」
「……ああ、むさ苦しいよな」
久方ぶりの女子に浮足立つのは分かるのだが、皆川さんの視界に入らない範囲で意味不明なダンスを始めるのはやめてほしい。妙に艶めかしい様子で腰を振る姿を見て思わず吹き出しそうになり、手で太ももをつねって必死に我慢した。
「今日はメイクとかしてないんですね」
「運動してるとどうしてもメイク落ちるし、このクラブ入ったのは高校生になる前だからみんな俺の素顔は知っててごまかせないし。髪まとめてるのも動きやすいからだな」
ダンスをしているうちの一人が来栖さんに締め上げられて崩れ落ちた。さすがに内内の者ではない人にはこういうところを見せないようにしたいのだろう。思わぬところで来栖さんの必死の形相を見ることが出来た。
踊っていた精神年齢十五歳の男子たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ありがとう来栖さん。おかげで心の平穏を保つことが出来そうです。
「素顔隠し始めたのは高校生からでしたっけ。……でもなんか波留さんも楽しそうですね」
「……まぁ、そうだな。長いことここのクラブで活動させてもらってるし」
何気に小学校のころからここには来ていたし、本格的に活動し始める前にもここの人たちには遊んでもらっていた。だから馴染みはあるし、このクラブの中にいるのは楽しい。
「なんか新鮮です。テンション高めの波留さんを見るのは」
「別にテンション高くたっていいだろ」
「いや、悪いって言ってるわけじゃないんですよ。ただ、普段学校では静かなイメージしかないので。前に化粧取ったときも性格とかは変わらずに顔だけ変わってる感じがしたので」
「……まあ、中の人は変わらないわけだからな」
確かに少しハイテンションなのかもしれない。その原因には友人が遊びに来るということも入っているのだが、照れくさくて言葉にはできない。
皆川さんの「あ……!」という言葉で彼女の視線の先を追いかけるとそこには明人と伏見さんと北島さんがいた。北島さんが飛び跳ねながら手を振っている。小さく振り返して、彼女が小走りで近づいてくるのを待った。
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