第11話 ボーイッシュは美人と帰る

 とりあえず今日は解散しようかということで、各々帰路に着いた。一人だと怖いだろうからとミナが一緒に帰ってくれるらしい。方面は少し違うのに、嬉しい。


 そんな話を遠くに聞きながら一人ぼうっとしていた。どうも心が落ち着かない。


 頭の中を眞家の言葉がぐるぐるとめぐっている。今まで近くにミナがいたから、私が褒められることなんてあまりなかった。僕はミナのことが大好きだから一緒に居たくないわけじゃないのだけど、それでもいつもミナに視線が集まるのは少し羨ましかった。


 あそこまで全肯定されてしまうと、逆に恥ずかしくなってくるのだろうか。いつものようにうまく表情を作れない。少しでも気を抜くと頬が緩んでしまいそうで。


「……──るさん、光瑠さん」


 声を掛けられて顔を上げる。教室で帰りの用意をしながらバッグをずっと見つめていた僕を心配してくれていたらしい。周りを見渡すと、もう眞家は家に帰っていそうだった。ちょっと残念だ。


「大丈夫ですか?もうちょっと時間置きますか?」


「ううん。大里に何かされたのが響いてるわけじゃないから。どっちかっていうと眞家が助けてくれて嬉しかった方が大きいかな」


「……かっこよかったですね。波留さん」


「そうだね」


 僕と違って、ミナとふっしーは恋愛の話に関するハードルが低いみたいだ。僕が狼狽うろたええていてもお構いなしにギリギリな話題を繰り広げていたりするから僕としては困ることも多かった。


 かっこよかった、かっこよかった………。確かにそうだったのかもしれない。


 きっともう取り返しのつかない段階まで来ているのだろう。眞家に助けられてからというもの彼のことしか考えられていない。


「じゃあ、帰りましょうか」


「うん。帰ろっか」


 素顔を見たから好きになったとか、そういうことは思われたくない。純粋に彼の人柄に惹かれて好きになったのだと胸を張って言えるようにしたい。もちろん外的要素も人間にとっては大切な要因だけれど、眞家は外面だけで人を見ることが好きではないみたいだから。


 もう少しだけ、この想いは胸の内に留めておいた方がいいかもしれない。そんなためらいにも似た思考が頭をよぎる。

 意気地なしとかそういうことではなくて、自分に自信をもって彼と接することが出来るように。まだ彼のことが確実に好きだと決まっているわけでもないし、心の整理もついていない。


「……大里くんにひどいこと言われましたよね」


「ちょっとびっくりしたかな。………でも、もう大丈夫」


「無理だけはしないでくださいね。私たちはいつでも味方ですから。本当に辛くなったら、いくらでも頼ってください」


「ありがと。じゃあ、敬語外してほしいかな。もっと仲良くなってる感が欲しい」


「癖なんですよねー。じゃあ、ちょっと外そうかな」


 「あー、あー、マイクテスマイクテス」とふざけた顔をしてミナがこちらを見つめた。真顔で見返そうと思ったのに、思わず笑ってしまう。マイクを介して話すわけでもないのだからテストも何もないだろうに。


 眞家が褒めてくれたからだいぶ回復していたとはいえ、まだ気分が沈んでいる部分があったらしい。ミナのお陰で気分が軽くなったような気がした。


「思えば光瑠さんと仲良くなってからもう一年たってるんだよね」


「そうだよねー。僕も最初はミナとここまで仲良くなるとは思ってなかったな」


 入学当初のミナはもう少し尖った性格をしていた。今と口調はそれほど変わらないものの、今よりも言葉の端々に棘が見え、人を寄せ付けない部分があったのだ。でもそういう姿が少し辛そうで、いつしかミナのことを気に掛けるようになっていた。今では僕の方が支えられてしまっているけど、本当に大事な友達だ。


「波留さんとか明人さんともそれぐらい仲良くなれればいいね」


「……僕も仲良くなりたいな」


 気の置けない友達が増えるのはやっぱり嬉しいから。今まであまり接してこなかった人と仲良くなると、新たな一面を知ることが出来るのも楽しいし。


 そろそろ遅くなってしまうので荷物をもって教室を後にする。


「そろそろ敬語に戻していい?」


「やっぱ辛いの?」


「いや、辛いってわけじゃないんだけど、違和感がすごいのよね」


 ミナは、今まで人と距離を置くためにずっと敬語を使っていたらしい。それは僕やふっしーという友人が出来た後でも変わらないらしく、僕たち以外と距離を取るために敬語を使い続けているんだと。


「呼び方だけ光瑠ちゃんとかにしてほしいな」


 少し驚いている様子のミナに「敬語使ってもいいからさ」と続けると、彼女は優しく微笑んだ。


「ありがとうございます。じゃあ、光瑠ちゃんと呼びますね」


「ありがと」


 一年近く友人関係を続けていて、彼女からの呼び方が未だにさん付けなのが気になっていたのだ。ミナは気にしていなかったかもしれないけど、僕にとっては突き放されているんじゃないかという不安があった。


 ミナと距離が縮まった感じがして嬉しい。


「やっぱり敬語だと気になります?」


「……今はあんまり不安にならないかな。でも名前がさん付けだと、……情けない話なんだけどほかの人と区別が付けられてない気がして。仲がいいと思ってるのは私だけなのかなって思ったり」


 今までなかなか言葉に出せてこなかったそれを、思い切って吐き出してみる。僕はどうも人間関係では不器用なようで、小さな不安が積み重なっていつの間にか怖くなっていることが多い。だからこういう小さい悩みも解決していった方がいいのだけど、誰かに相談できる勇気もなくて、今までため込んでしまっていた。


 でも、眞家に褒められて少し自信が付いた気がする。僕のいいところは明るいところなんだから、後ろめたい考えなんかで自分の本当にしたいことを邪魔されないようにしたい。


 ミナが急に、少し不安で下を向いていた僕に抱き着いてくる。凄く吃驚びっくりした。


「私は光瑠ちゃんのこと大好きですよ」


「ありがと。……よく大好きって気軽に言えるね」


「…………言われ慣れ過ぎたせいかもしれないですね。嫌ですか?」


「ううん。嬉しい」


 さすがにそこまで抱きしめられると苦しいので引きはがす。ミナは僕相手に気軽にスキンシップを取ってくる。仲良くなった当初の冷たくて奥ゆかしい態度はどこに行ってしまったのか。


 そんなことを考えている僕の呆れの表情に気が付いたようで、皆が楽しそうに笑った。


「光瑠ちゃんは、私にはない明るさがありますから。それに表情が豊かなんですよね。だから一緒に居てすごく楽しいんです」


 「私を喜ばせるためにまたあの明るさを取り戻してください」と冗談交じりに言われ、不覚にも涙が出そうになってしまった。滲んできた涙をこらえつつ、返事を返す。


「……そっか。そっか。……ありがと」


 そのあとの帰り道、ミナが一緒に還れるところまでを話し込んだ。僕の不安に思っていたことも全部吐き出して、ミナにたまに笑われながら言葉を交わして。


 ミナからは、初めてできた友人が僕で距離を測りかねているのだという悩みを聞いた。それを言うときのミナは少し恥ずかしそうだったけど、僕としては凄く嬉しかった。


 家に帰るころには大里の言葉なんて頭からいなくなっていた。




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【10PV感謝御礼!!】っていうのをタイトルの横に入れたくなった。

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