第2話 美人が仲間になった

 だいたいの授業が終わった昼休み、開放感に浸りながら一人でつつがなく昼食を食べ終え、また小説を取り出した。


 小さい頃から、自分じゃない誰かになれる、本を読むということが好きだった。


 と、教室の中が一気に騒がしくなる。隣の席の女子が席を立って俺も気が付き、気になって控えめに視線を向けた。


 そこには皆川美波みながわみなみさんがいた。髪は少し長めで、きりっとした顔立ちの美人だ。頭もよく、実直な性格も相まって男女問わず人気がある。

 その横では、軽薄そうな見た目の大里竜馬おおさとりょうまがキラキラとした雰囲気を振りまきながら歩いている。読者モデルもしたことがあるらしく、そのイケメンぶりからこちらは一部の女子から人気があった。


 その二人が歩いていくのは、俺の前の席。


(静かな環境が好きなんだけどな……)


 俺の名前は眞家波留まいえはるだから、出席番号順的に前の席が皆川さんとなるのだ。皆川さんがこちらに来るということは、大里もついてくる。そして二人がいるとクラスメイトが集まってきて騒がしいので、少し煩わしい。


「美波、今日遊びに行こうぜ」


「私は静かな方が好みなので、お断りします」


 当の皆川さんも静かな方が好きらしい。気が合うなー、とは思いつつ言葉に出すことはしない。なるべく、余計なことはしたくない。


 そそくさと席を立ち、ライトノベルをもって教室の隅っこに避難した。

 本を読み始めると、すすっと隣に人がすり寄ってくる。


「眞家、読んでくれてるんだね。僕がおすすめしたやつ」


「……思ったよりも面白かった。ありがとう」


「でしょ?世界観が半端ないんだよ」


 この人は、北島光瑠きたじまひかるさんだ。俺の唯一の友人、だと自分では思ってる。相手から友人と思われてなければ寂しいのでこのことについては考えないようにしているが。


 北島さんはライトノベルが好きなようで、小説を読んでいる俺に良く話しかけてくれたのだ。人と話すことは苦手だが、北島さんは必要以上に踏み込んでこないので、接していて辛くない。


 ちなみに、一人称が「僕」でボブカットでボーイッシュだが女子だ。彼女は接しやすく、子犬のようで可愛いと女子からも人気があった。身長は小さいほうで、子供体形なのを気にしているようだが。


 話しかけてきた当初は俺が読んでいる本がライトノベルではないということで少し残念そうだったが、今ではおすすめされたライトノベルをよく読んだりするので、楽しそうに話してくれる。

 此方があまり言葉を発さなくても自然に楽しくにコミュニケーションが取れるから、彼女と話すことは嫌いではなかった。


「僕がおすすめした本を君が読んでくれるのが少し感慨深いなー」


「……そうか?」


 北島さんは、にこにこと人当たりの良さそうな笑みを浮かべる。俺にはそんな価値はないと思うが。俺の良さは結局顔の良さだけだし、他は誇れることなど何もないのだから。


 ……今は気にしないほうがいいか。せっかく見た目をごまかしているんだから、自分の良さも見つけ出していけばいいだろう。


「うん。君が読んでる本は凄い難しいものが多かったからね」


「そんなことないと思うけどな」


「いや、中学生時代に太宰治の作品全部読破してるの君ぐらいだと思うんだけど……?」


「……本が好きだったから」


 中学校の頃は何でも読もうと思って読書に手を出したのだが、そのおかげで濫読になった。なんでも楽しく読めるという点では悪くないが、読みたい本が多すぎて時間が足りないもの困りものだ。


 教室の隅で立ったまま本を読み進める。隣では北島さんが同じようにライトノベルを取り出して読んでいる。


「光瑠さん、楽しそうなことしてますね」


「あ、ミナ」


 綺麗な声がして顔を上げると、そこにはむすっとした顔の皆川さんがいた。そういえば、皆川さんは北島さんの友人だったか。


 お二人が楽しんでいる中邪魔するわけにもいかないので存在を消そうにも、自分の席はいまだに人が多い。どうすることもできなくなって、本に集中する。


 ちらり、と皆川さんに鋭い視線を向けられた。悪いスライムじゃないよ。


「ほらミナ、ちょっと目が怖いよ」


「光瑠さんに近づく悪い虫は排除せねばいけません」


「眞家はそんなじゃないよー。……そうだよね?」


 話題を振られたので言葉を発することもせずに、小さく頷くだけで返した。皆川さんの表情が少し緩む。


「多分眞家はミナの好きなタイプだと思うよ?静かだし、優しいし」


「好きなって」


「あ、そういうのじゃなくて友人としての方で」


「………そうですか」


 自分のことをすぐそばで言われているのはどうしても気になるものがある。話を盗み聞きしているような気がして嫌だが、自分に関しての話だからいいのだろうか。


 やっぱ申し訳なくて無理だ。

 人の話を盗み聞くのは気分が良くないので耳からの情報をシャットダウンし、手元の本に集中した。


 そのまま数分の間本に視線を落としたままじっとしていたのだが、不意にちょいちょいと腕を引っ張られる。顔を上げると北嶋さんだった。


「眞家、この子が僕の友達の皆川美波ちゃんだよ」


「初めまして皆川です。よろしくお願いします」


「………初めましてではないのでは」


 このクラスになってからもう一か月もたっているというのに、まだ知らないと思われていたのだろうか。


「ごめんごめん。眞家ってクラスメイトにあんまり興味なさそうだからさ」


「………皆川さんは俺の前の席だから」


「私も眞家波留さんのことは知っていますよ」


 いつもの冷たい様子とは裏腹に、皆川さんは自慢げに胸を張った。クラスメイトに囲まれているときの様子とは似ても似つかないのは、友人と過ごしているときは素が出るということだろうか。


「普段はもっと冷たいから、そういう人だと思ってた。人間味がある皆川さんは接しやすい」


「私のことなんだと思ってるんですか。人が多いのが苦手なだけです」


「ミナは不機嫌だと怖いからねー」


 茶々を入れた北島さんを皆川さんが軽く睨みつける。北島さんは「ごめんごめん」と手を合わせて会話の先を促した。


「光瑠さんと仲良くしているのであれば、私との接点も増えてくると思いますので、友人ということでよろしくお願いしますね」


「……よろしく」


 なんでわざわざ友人宣言をしたのかとも思ったが、あまり話したことはなかったしこれを機に仲良くなるというのもいいだろう。関わる人が多すぎるのは不安ではあるが二人ぐらいならば。しかも二人ともいい人っぽいので大丈夫だと思う。


 今まで一人だった友人が一人増えた。

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