第3話 雰囲気イケメンと美人の友人関係
「で、なんとお呼びすればよろしいですか?」
目の前では皆川が小首をかしげている。ただただ美人というだけでなくこうした仕草までが似合う。だからこそファンが多いのだろう。
「……別に、なんとでも」
「僕は眞家って呼んでるけど、ミナは下の名前で呼べば?」
「なぜ……?」
北島さんは皆川さんを除いた全員のことを名字で呼び捨てにしているので眞家と呼ばれることに違和感はないのだが。皆川さんは逆に北島さん以外を全員名字にさん付けで呼んでいる。俺をも下の名前で呼ぶというのはなぜかわからなかった。
「仲のいい人は下の名前で呼んでいるので。波留さんとお呼びしますね。よろしくお願いします」
友人が二人だけと思ったけど、思ったよりも賑やかになった。二人とも相手のことを考えて話してくれるので、話していて辛くはないし心地いいのだが。
「波留さんは思ったよりも話せる人なんですね。もう少し寡黙なイメージがありました」
「……静かな人になろうとしてるところはある」
「たしかに、騒がしくない人にはなりたいですね」
そういう面では、皆川さんと意見が合うらしい。俺も皆川さんも騒がしいのが嫌いだったり、機嫌が悪くなると酷かったりで似ている部分があるのかもしれない。
そういう会話だったのだが、北島さんがおずおずと申し出てきた。
「僕は騒がしい?」
「いや、光瑠さんは騒がしくないですよ。私が言う騒がしいというのは周りに配慮が欠けるという意味ですので」
「そうですよね?」と皆川さんに確認するように問われ、首肯して返す。北崎さんは目に見えて安堵した表情で目を細めた。
そのまま三人で盛り上がって話していたのだが。
「おい、美波」
声が大きい。思わず視線を向けると、大里くんに睨まれた。
「なんでそんな根暗と話してるんだよ。光瑠も美波も」
「……別に大里さんには関係ないですよね」
「お前らにまで根暗が移るぞ」
どっか行けと視線で脅迫されたので、そそくさと距離を取った。自席が静かな環境に戻っていたので、自分の席に座る。本のページを捲る感覚に集中して、周りを見ないようにする。
根暗、と言われたということは自分のイメチェンが成功しているということだろう。それは嬉しいことなのだが、なんとなく素直に喜べない。
皆川さんが下の名前で呼んでいないということは、大里くんとは仲良くないと思っているのだろうか。先ほどと違い、機嫌の悪そうな皆川さんの表情が妙に気にかかった。
別に大里くんも特別に悪い人ではないのだと思う。今まで基本的に北島さん以外のクラスメイトとあまり関わらないようにしていたから詳細は良く分からないが、少し口が悪いだけのようだ。皆川さんからしたら性格が合わないだけだろう。
一人で静かに納得していると、ほんの向こう側に北島さんの楽しそうな笑みが現れた。
顔を上げると、皆川さんも近くにいるようだ。彼女は少し怒っているように見える。怖い怒り方ではなく、文章の起こすとしたら頬を膨らませていると言われるような可愛らしい怒り方だったが。
「なんで波留さんは逃げたんですか……?」
じと、とした視線を向けてくる。
「………え、邪魔かなって思って」
「ひどいです。私たち友達ですよね」
「………さっき言われたばっかりだけど」
いつものきりっとしたクールな皆川さんは何処へ行ってしまったのだろうか。こんなキャラだったっけと問いたくなるような。
北島さんが近くにいるからかもしれない。友人の前にいると普段よりも明るくなる人は居るだろうから。
「とにかく、私たちが拒んでいるわけでなければわざわざ空気を読んで逃げ出すなんてことしなくていいんです」
そう言われ、とりあえずあいまいに頷く。
皆川さんと一緒に居ると目立つが、それを理由に彼女を拒むというのも違う気がした。今回は俺が無駄に気を揉んだだけだったようなので、これからはないようにしよう。
ところで、皆川さんに話しかけた大里くんはどうしたのだろうか。少し気になって視線を向けてみると、恨みがましい厳しい目を向けられた。
なんとなく申し訳なくなって、小さく頭を下げてから逃げるように視線を前に戻す。
「………大里くんとは、仲がいいの?」
睨みつけてくるほどに執着しているのであれば、その矛先である皆川さんはどう思っているのだろうか。そういう疑問を込めた問いだったのだが、口にした瞬間に空気が冷えた。
「悪いです」
端的にそれだけ言って目を伏せる。そこには触れてほしくないとでも言いたげな顔だ。皆川さんにとって触れられたくない話題なのだろう。
自分が失言したことに気が付いた。
「……ごめん」と素直に頭を下げて謝ると、皆川さんの表情が和らぐ。
「別に謝ることじゃないです」
「……いや、不躾に人間関係のことを聞いちゃまずかったな、と」
人と関わるうえで性格が合わないことはどうしてもあるだろうし、それをわざわざ聞き出してしまうのも酷だろう。
顔を上げると子供を見守るような優しげな瞳の皆川さんがそこにはいた。
「優しいですね」
「……いや、優しいなんて俺には」
「優しいです」
否定しても取り下げられなさそうだ。
俺としては優しく接しようとしたりはしていないのだが。過度に優しくするとどうしても注目されるのであまり意識しないようにしているのだから。
とりあえずは今後皆川さんと大里くんの関係について口出しするのは止そう。
そうした決意を固めつつも、優しいと言われて嬉しい気持ちを少し隠せない。人に褒められて気分が悪くなるわけがない。
何より、純粋な友人に容姿以外でほめられたのが嬉しかった。
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