第5話

橘 信司は無駄に美形だった。


店を閉めた後に猫たちが外出すると、信司はトレーニングを始めていた。

もちろん、猫たちを守るためだった。


信司はこの世界でも美形に分類された。

そして、トレーニング中に女性から声をかけられることも増えていた。

そんな時には信司の店<猫様が主役>の宣伝を熱く語った。

つまりアリサ以外にも、信司に興味をもっている女性がいたのだ。


しかし、信司は猫しか見ていなかった。

ランニング中に猫を見つけると、撫でていった。

「可愛いなあ」

微笑む信司に、女性陣はメロメロだった。


朝が来た。

いつも通りに猫たちのブラッシングを終え、信司は自分自身の身支度を調えた。

二階の奥の部屋にシャワー室があったのは幸いだった。

猫たちのトイレや爪とぎ、キャットタワーも順次、利用できるようになっていた。


「おはよう、にゃー。にゃーきち。にゃんた。にゃんじろう。にゃんにゃん。疲れてないかい?」

信司は優しく猫たちに話しかけると、台所から猫のご飯をだした。

信司特製の栄養バランスが整った猫の食事だ。


猫たちが残さず食べる様子を信司はうっとりと眺めていた。

朝の準備が終わると、店を開いた。


今日は朝から女性の団体客が来た。

猫ではなく信司目当てだった。

「あの、いつもトレーニングされてますよね?」

「はい、猫様の為です!」


女性客6名は、中央の大きな席に座った。

にゃんにゃんは、女性達のカバンをあさろうとした。

「きゃあ、何するの!」

女性がカバンをひったくると、にゃんにゃんは退散した。


「怪我はない?」

信司が優しく声をかけたのは、にゃんにゃんにだった。

信司は女性たちには冷たい視線を投げかけた。

「こういうことになるので、入り口で荷物はすべて預けて欲しいんです」


「はーい」

女性達は興ざめした様子だった。

それでも、ヘタウマな絵が描かれたパンケーキが机にのると、歓声が上がった。


「可愛い!」

女性達が口々に褒めると、信司は答えた。

「はい、猫様が可愛いので、似顔絵にしています。猫様の可愛さは再現不能ですが」


2時間が経った。


「あの、そろそろお店を閉めたいのですが」

「ええ!? もう!?」

信司はその言葉を聞いて冷たく言い放った。


「猫様達が疲れてしまいます」

「私たちお客より、猫が大事なの!?」

女性達が怒ると、信司は綺麗な顔を歪ませて言った。

「当然だろう! 猫様が主役だと看板にも書いてある!」


女性達は、呆れて店を出た。

飲み屋の女将が騒ぎを聞きつけて様子を見に来た。

「信司さん、お客様は大切にしなきゃ」

「はい、おかみさん」

信司は女将さんの前で、頭をかきながら言った。

「理屈では分かっているのですが、猫様達の前になると理性が飛んでしまって」

   

女将さんはため息をついた。

「ほんとにあんたは、無駄に美形だからねえ」

「顔で猫様に好かれる訳ではないので、関係ありませんが」

信司は真顔でそう答えた。


今日のお客は6名のみだった。

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