#04

『ピピピ、ピピピ、ピピピピ、……』


 翌朝、携帯の目覚ましの音で8時ぴったりに起きる。休日のスイッチが入ってしまうととんでもなく目覚めが悪い俺だが、いざ起きなくてはいけない日になるとしっかりと目が覚める。


(……平和だ)


 昨日の目覚めと比べしみじみと感じる。


 すぐにベットから出て洗面所まで行き寝癖を直し歯を磨く。そこまでしないと起きた心地がしない。


「ふぅわぁ〜」


 声を出しながら大きく伸びをする。そこまですると「よし、やるか」という気分になる。特にすごい意味があるわけでも無いのだが、ルーチンのようなものだ。


『ピンポーン』


 朝の一杯をしようとコップに水を注いでいる最中にインターホンが鳴る。


(あいつまじで来んのかよ)


 その場にコップを置いて玄関まで足早に向かい扉を開ける。


「おにぃ、おはよ!」

「……おはようさん。本当に起きてくるんだな」

「そりゃあお腹空くしね。さっき起きたばっかやけど」


 皐月は部屋に上がりながら口にする。


 皐月はいつもの寝巻きをまとい、髪を見るとまだ微妙に寝癖が残っておりポニーテールも作っていない。


「そんな格好でよく外出れるな」

「ん?あぁパジャマってこと?そんなん誰も気にせんよ。それにおにぃの部屋はうちの部屋やん?」

「ジャイアン理論やめろ。俺の部屋は紛れもなく俺の部屋だ」

「というか起きた時いつもと景色が全く違くてびっくりしたわ」


 皐月は俺の話を聞かずに次の話題に転換させていく。とは言え俺もその話題の転換に着いていく。


「三日も経てば慣れるだろ」

「そやね」


 俺は「そこらへんに座ってろ」と皐月に言い冷蔵庫を開ける。皐月が俺の部屋に来た目的は朝食だ。昨日一緒に夕食を食べに行った時に皐月の家に食材が無いことに気が付き、食べたいなら来いと言っておいたのだ。


 冷蔵庫を開けベーコンと卵を取り出し、6枚切りのパンを2枚トースターに入れながら調理していく。


(調理って言えるほどのもんじゃないか)


「昼からは自分で作って食べろよ。午前中にスーパーで食材調達して来い」

「ん?うち料理できんよ?」

「は?」

「だ、か、らぁ〜、うち料理できんよ?」

「……それでいて一人暮らしするとか言ってんのか?」

「大丈夫やで。最近はインスタントと冷凍食品でなんとかなるっておかぁが言ってたで」


 なんてこと言ってんだあの親は。いや、親だよな?親が娘に言うセリフとは思えない。


「あ、あと最悪仁くんがいるから大丈夫よって言ってた」

「……」


 いや、そのセリフが「信頼」から来ているのはなんとなく分かっているがはなからそれを計算に入れるのは違うだろ……


 というか俺にまず相談しよ?ね?


「どうしたん、おにぃ」


 ベーコンを焼く俺に向かって皐月が問いかける。


「呆れて言葉を失ってた」

「……うちと食事食べんの嫌なんか?」

「嫌って……別にそういうわけじゃ無いけどなぁ」


 少し寂しそうな口調で言う皐月に対して言葉を詰まらせる


(なんかずるく無いすか?皐月さん?)


「無いけど?」


 キッチンに向かい体を向け卵をかき混ぜているため実際には見えないのだが皐月の首を傾けている様子が目に浮かぶ。


「はぁ……分かったよ。とりあえず数ヶ月間は3食とも俺が作るから皐月も自分で作れるように猛特訓な」

「えぇ、嫌やよ。なんでおにぃに作ってもらえんのにうちも覚えないとあかんのや?」

「なんでもだ。簡単なのでもいいから覚えろ。覚えて損するもんでもないし」

「え〜」

「え〜じゃねぇ。じゃなきゃ作ってやんないぞ?」

「はぁ〜い」


 皐月は渋々といった様子で了承する。


 それと同時に卵をフライパンに流し込み、混ぜ、スクランブルエッグを作り始める。


「でも、数日じゃなくて数ヶ月って言っちゃうあたりおにぃってうちに甘いよね、ええ意味で」


 数秒間の沈黙の後に皐月がそうこぼす。


「ええ意味でやからね」

「そう言われたとこで俺は別に嬉しくも無いんだよ」


 俺はそう突っ込みながら皐月の前にプレートを差し出す。


「うわぁ美味しそ」

「パン焼いてその上に卵とベーコン乗せただけな。このくらいはすぐ覚えてもらうぞ」

「うげぇ。今は朝食楽しもうや」

「……んまぁ今度覚えさせるかんな」


 皐月は嫌そうな顔をしながらスクランブルエッグとベーコンを食パンで挟みかぶりつき、「おいし」とつぶやく。


 自分の料理が美味しいと言われて嬉しくないわけが無いのだが話の流れ的に素直に喜べない。


「本当はレタスとかトマトも入れた方が健康的にいいんだけど冷蔵庫に無くてな」

「えぇ〜、野菜は要らんよ」

「俺の食事食うんなら好き嫌いは言わせんからな」

「むぅ……」


 皐月は頬を膨らませる。


 そんなに可愛い顔したって俺の意思は揺るが……無い。


(ふぅ。一瞬だけ揺らいだな……危ない危ない)


 これに関しては皐月の健康を気遣ってのことだ。甘やかしすぎるのは優しさではない。


「んっん〜」


 強めの咳払いを入れ切り替える。


「皐月は今日この辺を探索する感じだったよな?」

「うん」

「んじゃあついでに買い……いや、やっぱいいや忘れて」


 買い物を頼もうとした途中で皐月の方向音痴、そして少しずつ明かされてきた生活能力の低さを思い返し、中断する。


「おにぃ流石にうちもお使いくらい出来るで」

「…………」


 途中で止めたもののしっかりと皐月の耳には届いていたらしい。


 俺は「お使いくらい出来る」と言う皐月に疑いの目を向ける。


「本当やってぇ!うち、一級お使い士やで!」

「そんなんねぇよ。とりあえず買い物は俺が帰りにするからいいや」

「むぅ……うちも出来るぅ」


 皐月は留守番が出来ると言い張る小さな子のようになる。というかまさにそれか。


 とにかく皐月に任せるのは不安でしかない。


「こっち来たばっかだしいいよ」

「信頼しとらんだけやろ!」


 俺は強く睨みつけられる。


 話を持ち出したのがミスだったな。こうなってしまったら皐月は引いてくれない。変にこっちも譲らないより、ギリギリ認めてくれるような妥協策を出した方が早い。


「んじゃあ一緒にな。場所もまだわからんだろ?」

「うん」


 皐月はにこやかな笑みを見せ賛成する。……相変わらずちょろいな。


 まぁ一人で行かせることを懸念されてることに気がついてないのはラッキーだ。皐月は変なところで鋭かったり、鈍かったりよく分からない。


「んじゃあ俺準備したいし、部屋戻れ」


 パンを食べ終え皐月もすでに食べ終わっている事を確認した俺は椅子から立ち上がり空になった自分と皐月の皿を回収し、蛇口を捻り洗い始める。


「えぇ〜、おにぃが出るまでここいちゃあかんの?」

「だめだ」

「何でや」

「邪魔だから、以上」

「ふぇ〜」

「ほら、行け行け」


 俺はしっしっと手で部屋から出るように示す。皐月はそれに意外と素直に従い、不満ながらも「じゃあまた買い物の時ね」と出ていく。


(やっぱ勢いで押すのが一番の攻略法か)


 俺はちゃちゃっと洗い物を済ませ、筆記用具などの荷物を作り、制服に着替える。余った時間でテレビを付け軽くニュースを確認してから学校へ向かう。


 皐月がいなくなったことによって物事がスムーズに進んでいくことの心地良さをより一層感じる。


(いや、皐月がダメとか言うわけじゃ無いけどね)


 学校はマンションのある西口方面と逆の東口方面にあるため途中藤沢駅を通過することになる。


 ちょうどその駅に差し掛かるところで知った顔を見つける。


「おはよ、ジン」

「……おはよ……ヒロ」


 爽やかな笑顔で挨拶に対し、俺はたどたどしい挨拶になってしまう


「ははっ、いつも通り歯切れが悪いな」

「うっせぇ。許せ」


 駅で見つけたのはヒロ。昨日新幹線で連絡を取った相手と同一人物だ。見ての通りのイケメン。朝から女子高生や女子大生、OLまでもの多くの女性の視線をこれでもかというほど受けている。


 当然隣に立つ俺も嫌でも視界に入るわけだが、それも一年近く一緒に登校しているせいか慣れてしまった。


(……いや、実際久々にこれ食らうとちょっと辛いわ)


「というか待ち合わせもして無いのによくタイミング合うよな」


 学校まで歩きながらふと思った疑問を口にする。


「ジンって大体同じ周期で生活してないと気が済まないタイプだろ?」

「まぁ基本的にな。休みの日は完全にオフモードになるけど」

「そうすると大体タイミングとか計算出来んのよ」

「数学はできないのにな」

「ははっ、新学期早々痛いとこ突くな」


 ヒロは整った顔に苦笑いを浮かべる。


「ヒロは相変わらずイケメンだな」


 あくびをしながら感想をそのまま口にする。


「どーも。今年のミスター宵ノ坂です」


 ヒロが軽くカッコつけながら言う。ミスター宵ノ坂というのは俺らが通っている宵ノ坂高校の文化祭で行われるミスコンで優勝した人に与えられる称号だ。


「去年逃したもんな」

「譲ったんだよ」


 確か去年は隣クラスの誰かさんがミスター宵ノ坂の称号を取っていた。同学年とはいえ関わりが全く無いため名前すら覚えていないが、ヒロに勝つ……というか一年生からミスコンで優勝するって事は相当のものであることは間違いないのだろう。


「ジン大阪行ってたんだろ?」

「実家な」

「いいなぁ」

「何がだよ」

「実家って響き。俺も早く一人暮らししてぇな」


 ヒロはもともと神奈川の方に住んでいるため家から電車での通学をしている。


「でもヒロ家事とか皆無だろ」

「まぁしたらなんとかなるだろ」

「ならねぇ……」


 楽観的なヒロを否定しようとした瞬間ふと皐月が頭に浮かぶ。


 料理出来ねぇのは分かったけど他の家事も皆無なんだろうな。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる


「どーした、ジン」


 それに対してヒロがしっかり反応を見せる。


「いや別に大したことじゃねぇ」

「親友に秘密は無しだぞ」


 ヒロ本気で相談に乗ろうとしてくる。


(いいやつなんだよな……)


 とは言え皐月のことを相談した所でどうなるわけでもない。さらに言えばヒロの性格を考えると皐月の存在を明かすことで面倒な方向に行きそうだからできることなら明かしたくない。


「本当に大したことじゃねんだよ」

「んならいいけど、なんかあったら言えよ」

「ん。その時はよろだわ」


 その後も高校に向かって足を進めていく。駅から高校まではまぁまぁな距離がある。バスで行く事もできるのだがわざわざ乗るほどでも無いということで俺もヒロもほとんど毎日歩いて登下校をしている。


「てか俺らなんでみんな休んでる日に登校してんだろな」


 ヒロは不満気に口にする。


「俺は半強制的に生徒会入れられてその関係で仕方なくだけど、ヒロは手伝いに自分で立候補してただろ」

「だってジンがしてんのに僕だけしないのもなんか置いてかれる感がな」

「まぁ俺ら部活してねぇし、部活しっかりしてるやつの方が登校してるだろ」

「それもそうだな」

「それに会長に会えるしな」

「…… 都城みやしろ先輩、脈ほぼゼロだけどな」


 ヒロは中学校に入って一目惚れしてから生徒会長の都城卯月みやしろうずき先輩を一途に思い続けている。ちなみに既に中学時代で2回振られているらしい。


「都城先輩どっちかと言うとジンの方に気がありそうだし……」

「ヒロって会長の事になると急に弱気だよな」

「ん、んな事ねぇぞ」


 ヒロは弱気な顔を急に笑顔に変える。


(いや、誤魔化すの下手なんだよな)


「てゆうか都城先輩なんか言ってなかったか?」

「ん?なんかって?」

「なんかっつったらそりゃタイプとかだろ」

「…………」


 会長の好きなタイプは聞いた。というか現在進行形で聞かされているが、その内容は会長のことが好きなヒロに聞かせられるものでは無い。


 そもそもそうでなくても教えられない。


「俺生徒会室行かんとだけどヒロは直接体育館だろ?んじゃ、また後で」


 ちょうど学校に着いた事を良いことに俺は足早にヒロから離れていく。


「おい、ジン、ジン?お前知ってんだろ!おま……」


 後ろから声をかけられているのを無視し、そのまま教室棟に入っていく。


 ヒロのことだし後で会う頃には忘れてるだろうし問題無しだな。

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