#02
荷造りを終えた二人は夜勤明けで昼前に起きた母さんと、助手席に座る同じく夜勤明けの皐月の母によって新大阪の駅まで送られる。
「仁、皐月ちゃんをしっかりフォローするのよ。初めての一人暮らしなんだから。仁も初めての時は大変だったでしょ?」
既に車から降り、荷物を手に持つ俺は運転席から声をかけられ、しっかりと了解の意思を示す。
「ごめんね、仁くん。皐月まだまだお子様だから仁くんに負担かかっちゃうかもしれないけどよろしくね」
助手席で本当に申し訳なさそうな顔を浮かべる皐月のお母さんに対し、俺はきちんと笑顔を作って「はい」と受け答える。皐月のお母さんは俺に対し「いつもほんとにありがとうね」と言ってから話しかける対象を皐月へと変える。
「皐月もあんま迷惑かけないのよ」
「うち迷惑なんてかけへんし」
「……なんか余計に心配になってきたわ」
皐月の自信満々な姿に一抹の不安を抱える皐月の母親に対し、横に立っている皐月は「むぅ……」と頬を膨らましてあからさまに不機嫌な態度をとる。
(……またこの表情が可愛いんだよな)
「まぁ行っちゃえば意外となんとかなるもんよ」
母さんは心配そうな表情を浮かべる皐月のお母さんのフォローに入る。
「それに、なんかあったら仁がどうにかするから」
「……そうね。仁くんはしっかりしてるものね。本当に仁くんがいてよかったわ」
知らないうちに強すぎるまでの信頼を浴びさせられる。信頼されるとされないではされる方がいいに決まっているが、ここまで信頼されるのも考えものだ。
「じゃあ乗り遅れちゃったら仕方がないし、2人とも気を付けて行ってらしゃい。ちゃんと時々連絡も入れるのよ」
母さんは俺と皐月の方に顔を向けながらハンドルを握る。実の母親に言うことでは無いかもしれないがその姿はなかなかさまになっている。
連絡を入れる件に対し「はいはい」と軽く答え、「行ってきます」と告げると皐月も続いて「行ってきます」と言う。不満気な顔から察するにまだ機嫌は直っていないようだ。
それから皐月と共に駅舎に入っていき、事前に買っておいた切符によって改札を抜け、駅に構えていた新幹線に乗り込む。
皐月がそれだけの間に4、5回も逆方向に進み出そうとした時には流石の俺も肝を冷やした。幸い皐月からは目を離さなかったため迷子にさせることは無かったが、この世の中にここまで方向音痴な人はいるのだろうか。全国方向音痴選手権で間違いなく上位に並ぶだろう。まぁもっともそんなものは存在しないのだが……
皐月の持っていた大きなスーツケースを座席の上に乗せ座席に着き、やっと一息つく。
それから間も無くして発車時間になり新幹線は動いていく。新幹線が初めての皐月は少々興奮気味になって絶えず「すごい」やら「やばい」やら口にしている。初めての新幹線にワクワクするのは俺も共感できる。俺も去年の初めての新幹線では相当テンションが上がっていた。
「はぁ、東京まだ着かへんのかなぁ」
新幹線が発車してから一時間も経たないうちに、はしゃぎ疲れたのか皐月がため息をこぼすように言う。しかし、残念ながら東京までの道のりはまだまだ長い。
「まだ名古屋を過ぎたとこだぞ。半分もいってねぇよ。というか東京は乗り換え地点ってだけだぞ、学校の場所は神奈川だし……」
「神奈川も東京も似たようなもんねん。……はぁ、楽しみやな」
大阪人の皐月からすると神奈川と東京の違いは誤差らしい。……って俺も一応大阪人か。
「はぁ、お腹空いたぁ」
「……忙しいやっちゃな」
「東京まだかなぁ」なんて言ってたと思ったら次は空腹を訴え出す皐月に対し思わずツッコミを入れる。
「腹が減ってはなんとやらやねん」
「まぁ、何かしら車内販売でもしてるだろうし、なんか頼むか?」
「シャナイハンバイ?」
皐月はカタコトで単語を繰り返す。
いや、お前何人だよ。流石に単語くらいは知ってるだろ。「車内」と「販売」で「車内販売」だろ。
「新幹線とか電車の中で色々売ってるんだよ」
「え、この中で!?」
皐月が声がひと回り大きくなる。どうやら収まりつつあった皐月の興奮が完全に消える前に油を注いでしまったらしい。
「……んまぁ新幹線だと大体あるだろ」
「え!?うちそういうの初めてかも!!」
一度興奮気味になった皐月はなかなか覚ますことができない。とは言え皐月が興奮状態であろうと皐月と俺の体力が多少削られるくらいであり、周りに迷惑を与える程では無いためそこまで問題は無い。
「はよぉ、はよぉ」と急かしてくる皐月のためにぱぱっと注文を済ませる。
皐月は注文の品が渡されると一気にに口に詰め込む。しかし、いくら空腹とはいえ当然口やのどの大きさが大きくなるわけでは無いため、案の定口に入り切らず「ごほっ、ごほっ」と咳き込み出す。
「別に俺はお腹すいて無いし、全部お前が食っていいから焦らず食え」
咳き込む皐月を横目で見ながらお茶の入ったペットボトルを渡す。皐月はそのお茶を飲んで一呼吸置いてから少し頬を赤らめ、「……分かっとる」と口にする。
そこから皐月は笑顔でサンドイッチをほうばり、定期的に「おいし」とコメントを残す。
それにしてもよく食べるものだ。皐月の食べる量を考えて多少多めに買ったはずのサンドイッチがみるみるうちに減っていく。こんなに大食いであるにも関わらず皐月のスタイルは比較的細め。さぞ女子界では羨ましがられるのだろう。
そんな事を考えながら皐月を見つめているとポケットがブルっと震える。どうやら携帯が何かを受信したようだ。
携帯を開くと画面には「『神崎 洋人』さんから新着メッセージが届いています」と通知が出る。その通知をタップすると
『明日仁学校行くよな?』
というメッセージが表示される。すぐに「行くけど?」と打ち送信を押す。
すると携帯を閉じる暇も無く『んじゃ帰りに昼飯でも行こうぜ』というメッセージが来る。それに対してはクマのキャラクターが「りょ」と言っているスタンプを返し携帯を閉じる。
それとほぼ同じタイミングで急に右肩に何やら乗っかってくる感覚を覚える。なんだと思い横を見るとその犯人が皐月だという事がわかる。食事をとったかと思えば次はすぐに眠りに着いている。まぁ朝からあんな感じだったし昨日もまともに眠れていなかったのだろう。
(着くまでの間そっとしておくか)
そんな事を考えていたが、肩を枕にされじっとしてるしか無くなった俺も少したつと皐月に続いて夢の世界へと招待されてしまった。
「おい、皐月。起きろ」
「うへぇぁ?あれ?私のケーキは?」
どうやらケーキを食べている夢でも見ていたらしい。食事をとってから寝たくせに夢の中でまで食事を取るとはなんとも食い意地の強いやつだ。
「あとちょっとで着くぞ」
「えぇ?またケーキ屋さん行くん?流石に太っちゃうって」
皐月はなかなかケーキから離れてくれないようだ。
「……品川着くぞ」
「しながわぁ?なにそれ」
「東京の駅だよ。俺らが降りるとこ」
「とうきょう?……東京!?ほんま!?」
どうやら「東京」という言葉がトリガーとなってやっと夢の世界から戻って来れたようだ。めでたしめでたし。
「あぁ。だから早く起きてそこら辺に散らばってるものをまとめろ」
皐月の周りには車内販売で買ったサンドイッチのゴミで散らばっている。皐月はそれを急いで手元にある鞄に詰め込もうとする。
「待て待て待て」
「ん?」
「ゴミをそのままリュックに入れるな。中身が汚れるだろ。……へい、これ。ビニール袋にでも入れてまとめて鞄に入れとけ」
「ん。ありがと」
皐月は仁からビニール袋を受け取りゴミを詰め、全部詰め終わってからそのビニール袋を鞄に詰め込む。
「おにぃって意外と女子力高いよね。そんなん常備してる男子高校生なんておらんよ。なんなら女子高生でもほとんどいひんと思うし」
「いやいや、普段から持っておくもんだろ。俺に言わせりゃ持ってない方が恐ろしい。少なくともこういう長旅では持っとけ」
「私だっておかぁから持った方がいいって言われたから持ったんやけど…ほら、多分上行っちゃったんよね」
そう言って皐月は自分の真上を見上げる。おそらく乗車時に席の上に乗せたスーツケースのことを指しているのだろう。
「必要な時に使えなきゃ意味ないだろ」
「……むぅ」
皐月は不満気に頬を膨らませ、「おにぃってちょいちょいおかぁみたいな事言うよね」と愚痴をこぼす。
それからしばらくして品川駅到着のアナウンスが流れ、二人は新幹線を後にする。「ついに東京来てもうたで!!」などと寝起きとは思えないはしゃぎようを見せる皐月をしっかりと誘導しながら今度は電車に乗り換える。ここからまた30分程の時間を要する。
「なぁおにぃ。降りて少し東京を堪能しちゃあかんか?」
しばらくの間窓に張り付いていた皐月が予想通りの言葉を発する。しかし、残念ながらその要求を飲むことは出来ない。
「今日は部屋の片付けとか色々しなきゃ行けない事があるし今度な。というかこれからこっち住むんだし東京なんていつでも行けるぞ」
「そうかもやけど…むぅ」
またしても皐月は不満気に頬を膨らませる
「少しくらいええやん」
「今度な今度。とにかく今日はだめだ」
「……んもう、おにぃのバカ」
「バカでもアホでも勝手に言ってろ」
「はぁぁぁ、上陸!」
皐月は駅に到着し、またしても興奮状態になる。この時点ではすっかり機嫌を直していた。
(相変わらずチョロいな)
「なぁおにぃ、人が沢山いるで!」
「大阪の割と中心の方に住んでるし、こことあんまり人の量は変わらないだろ」
確かに割と大きな駅である藤沢駅には沢山の人が行き交うが、地元である大阪とはあまり変わり映えはしない。
……多少地元びいきが入っているのはご愛嬌ってことで
しかし、興奮状態の皐月にはそんな言葉も通らず「都会の匂いがする」やら「大きいビルが沢山ある」などと口にしている。
「んでこっからは皐月の家がどこか次第なんだけど、どっちだ?」
「うち聞いてないで?」
皐月はキョトンとした顔をする。
「……は?いや、俺も聞いてないしそしたら場所分かんないだろ」
「せやけどおかぁがおにぃが分かるって」
「なんで俺が分かるんだよ。とりあえずお母さんに電話かけてみろ。まだ夜勤前だろ」
皐月は左ポケットから携帯を取り出し、しばらく操作したのちに携帯を耳に当てる
「あ、おかぁ。あんね、うちの住む家なんだけどね。場所がわからなくてな」
皐月はそこまで話すと今度は聞き手に回りは電話の相手に向かって「うん」を連呼する。しばらくして「あ、そういうことなんか!」と理解した様子を見せたのちに「じゃあまた連絡するなぁ」と別れを告げ耳から携帯を離す
「で、なんて?」
「おにぃの隣の部屋らしいからおにぃに案内してもらえって」
「……え、……なんで?」
「なんでってうちに聞かれても…いや、うち前に聞いたかもな」
皐月は右手を顎に当て考え出し、しばらく「う〜ん」と唸り声をあげたものの、結局何も思い出せなかったようで「覚えてないや」と笑う。
「おにぃ怒っとる?」
「いや、あまりに急で理解が追いついてないだけだ」
皐月が自分の隣の部屋に住むと聞き最初こそ驚いたものの、よく考えれば今までもお隣さんであったわけで状況が大きく変わったわけでは無い。
どうせ母さんが「仁の隣の部屋でいんじゃない?安心だし」とでもアドバイスをして、皐月のお母さんが「そうね。それが一番安心ね」とでも言って即決したんだろう。あの人達なら十分あり得る話だ。
俺のセリフを聞き安堵の表情を浮かべた皐月は呑気に「んじゃあ、しゅっぱぁ〜つ!」と声をあげ元気よく東口の方に向かって歩いていく。俺はそんな皐月の服を引っ張り家のある西口に向かう。
(……これからが思いやられるな)
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