オマケ 留守番

オマケ 留守番


 家の人間たちが全員、旅行に行ってしまった。

 ガマちゃんことガマ仙人は、魔王のマルコシアスとともに留守番を任せられた。家人が帰ってくるまで、この家を立派に守らなければならない。報酬はオヤツである。


 オヤツ一日め。プリン。


「マル殿。清美殿の作りおいてくれた供物を召そうではないか」


 ガウガウと、マルコシアスは同意した。マルコシアスは背中に大きな翼の生えた巨大狼だ。五尺はあるだろうか。人間の幼児サイズのガマ仙人など、ひと飲みにできる。


 プリンは冷蔵庫のなか。ガマちゃんは手が届かないので、椅子を踏み台にしてとりだす。


 合掌。アムアムアム……。


「美味であった」

「ガウ(美味)」


 何事もない平穏な日が終わる。


 オヤツ二日め。ワッフル。


「清美殿の作りおいてくれた供物を召そうではないか。おマ——」


 ピクッとマルコシアスの耳が動いたので、ガマちゃんはヒヤッとした。ピクッとして、ヒヤッと。

 危ない。危ない。これを言うと、魔王が怒り狂うのだった。


「ま……マル殿。供物を召そうぞ」

「……ガウ(召そう)」


 ワッフルも冷蔵庫のなかからとりだされる。


 合掌。アムアム……。


「美味であった」

「ガウ(美味)」


 オヤツ三日め。

 ここからはオカラクッキー。

 毎日、一枚ずつ食べるようにと清美から申し渡されていた。


「おッ……マル殿。供物を」

「ガウ!(今、なんと?)」


 また言いかけてしまった。

 でも、なんだろうか?

 清美や龍郎や青蘭が出かけてしまって単調な毎日のなかで、この微妙なドキドキ感が癖になる、ような……。


 オヤツ四日め。オカラクッキー。

 オヤツ五日め。オカラクッキー。

 オヤツ六日め。オカラクッキー。


「……美味であった」

「……ガウ(美味)」


 オヤツ七日〜十日め。やっぱりオカラクッキー。


「……少々、飽きてきたものよ」

「……ガウ(たしかに)」


 オヤツ十一日め。オカラクッキー……。


「オカラクッキーは飽いた! 清美殿はいつ帰るのだ。わしもつれていってほしかったぞよ」

「ガウガウ(まあまあ)」

「何? 落ちつけとな? そうじゃの。まだ供物があるだけよしとせねば……」


 オヤツ十二日め。オカラ……クッキーがない!


「マル殿! オカラクッキーがなくなり申した! 昨日のぶんが最後だったようじゃ」

「ガウ……ガウ……(そんな……ない)」

「あああー! 供物が、供物が……まだ数枚はあったように見えたが。まっ、まさか! マル殿が食したのでは?」

「ガウガウ!(違う!)」

「おマル殿!」

「ガウッ!(おマルではない!)」


 キャー、キャーと、しばし阿鼻叫喚。

 ガマちゃん、魔王に追いまわされる。


「……はぁはぁ。わしが悪かった。許されよ」

「……ガウ(二度めはないぞ?)」


 オヤツ十三日め。なし。

 じっとテーブルを見つめる。


 オヤツ十四日め。なし。

 じっとテーブルを……。


「……おマル殿!」

「ガウッ!(おマルではない!)」


 阿鼻叫喚。

 キャーキャーと叫ぶカエル。

 けっこう嬉しい。


 ——とそこへ。

 ピンポン。ピンポーン。


「タンマである。マル殿。呼び鈴なるものが鳴り申したぞ。清美殿やも知れぬ」


 ガラッ。

 玄関戸をあけると、保険の外交員が失神した。


「清美殿ではないか。早う戻ってまいられよ……」


 オヤツ十五日め。なし。


「おマル殿!」

「ガウッ!(まだ言うか!)」


 阿鼻叫喚からのピンポーン。


「タンマ。タンマ。どなたじゃ? 清美殿?」


 ガラッ。

 郵便配達員、失神。


 オヤツ十六日め。なし。

 阿鼻叫喚からのピンポン。

 ガラッ。

 見まわり巡査、失神。


 こうして日々はすぎていった……。



 *


「ただいまぁー! ガマちゃん。マルちゃん」

「ああっ! 清美殿! よくぞ戻ってまいられた」

「いい子にしてたかなぁ? バリのお菓子、買ってきたよ」

「バリなる供物は美味であるか?」

「甘くて美味しいよぉ」


「……清美さん」

「あれ? 龍郎さん。どうしたんですか?」

「いや、なんか近所の人に見られてるような」

「そうですか? 近所なんて何百メートル離れてるんですか? 気のせいですよ」

「そうだといいんだけど……」


 山のふもとの一軒家。

 夜な夜な悲鳴が響きわたり、カエルの化け物や、狼の化け物が住みついている……。


 ご近所さまからお化け屋敷認定されたことを、龍郎はまだ知らない。




 了

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