第70話 まがった時、とがった時 その二



 カッと白熱する炎のような光が、真昼よりも明るく、あたり一帯を照らした。

 光が去ったとき、そこに立っているのは龍郎と穂村だけになっていた。

 村人たちは全員入口にひとかたまりになって倒れている。


「死んだ……のかな?」

「いや、心配はいらんよ。息がある。表面の粘液だけが焼かれて消えたようだ。おそらく目が覚めれば正常に戻ってるだろう」


 龍郎はホッとした。

 おだやかで優しいこの村の人たちが、あんな奇妙なゼリーのせいで死んでしまうなんて許せない。


「行きましょう。ティンダロスの猟犬をあやつっているのは、マイノグーラなんですよね? 早く見つけないと、ますます村人に粘液がひろまってしまう」


 龍郎は倒れている村人たちをとびこえて外に出た。

 いったい、一晩で何があったのだろう。道路の先のほうで、あちこち、ぼんやりと青く人の形をしたものが光っている。あれもティンダロスの混血種に違いない。かなりの広範囲がすでにやられているらしい。


「マイノグーラ本体はどこにいるんでしょう?」

「私にわかるか。君、匂いでさぐりあてればいい」

「そんなこと言われたって」


 だが、その必要はなかった。


「龍郎さん」


 とうとつに声をかけられ、木陰から人影がとびだしてくる。見れば、アグンだ。


「英雄さん」

「村のなかが変です。みんな、体が光ってさまよっています」

「よくここまで来れましたね?」

「どうにかして、あなたたちを外に出せないか、ようすをうかがっていました」


 どうやら、龍郎と穂村が連行されたと聞いて、昼からずっと留置所のそばで機会を待っていたようだ。


「……英雄さんは家に帰ったほうがいい。家族のことも心配でしょう?」


 龍郎は言ったが、穂村は否定した。


「いや。本柳くん。今この状態の村のなかを一人で歩かせるなんて、かえって危険だよ。春崎くんもつれていこう」

「そうですね」


 とりあえず、襲ってきそうなほど近くに村人はいない。彼らに見つからないように、龍郎は道脇の木のかげにまぎれながら質問する。


「英雄さん。マデさんの自宅を知ってますか?」

「もちろんです」

「そこに案内してください」

「わかりました」


 街灯がほとんどない暗闇のなかを、アグンは迷うことなく進んでいく。途中、何度かティンダロスの混血種と遭遇した。しかし、龍郎が右手をさしつけると、それらはあっけなく地に伏す。動きが遅いので、こっちにとびかかってくる前に失神させることができた。


「スゴイですね。龍郎さん。ほんとに悪魔をやっつけることができるんですね」

「ええ。まあ。村人はあの青い膜みたいなものにあやつられてるだけです」

「よかった。それなら、みんなをもとに戻せるんですね」

「ええ。でも急がないと」


 マイノグーラの本体を退魔すれば問題はすべて解決する。そう説明してさきを急いだ。

 細い田舎道を右に左にまがり、龍郎だけならとっくに迷っていた。アグンのおかげで、どうにかマデの自宅の近所にまでやってきた。


「あそこです。あの畑の向こうがマデさんの家……だけど、ようすが変ですね」


 アグンの言うとおりだ。

 畑の向こうに小さな家がある。このへんのふつうの民家にくらべても、ずいぶん見劣りがする。よその家にあるような別棟が見るからに少ない。敷地もせまい。

 その粗末な家屋のあちこちから青白い光がもれ、悲鳴がかすかに風に乗って届いた。


「行ってみよう。先生と英雄さんは絶対、おれから離れないで」


 いよいよ細くなる脇道に入り、その家に近づいていく。

 アンクル・アンクルをくぐったとたん、何かが前方の暗がりからとびだしてきた。


 ティンダロスの猟犬だろうかと龍郎は身がまえる。が、違った。マデだ。数人の発光する村人に追いかけられ、こっちへ走ってくる。龍郎たちを見て必死にわめいているのは、どうも助けを求めているようだ。言葉は理解できないが、動作でわかった。ボディランゲージは意外と優秀だ。


「助けてェーと言っている」


 穂村が訳してくれたが、その前に龍郎は前にふみだしていた。走りよってくるマデの両腕を左右の手でつかむ。近くに来ると、マデが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしているのが見てとれた。


「助けて! バケモノが……バケモノが襲ってくるんだよー!」


 そんなふうに泣きわめくマデを見ながら、龍郎はため息をついた。龍郎自身がにぎりしめたマデの手を見ながら。左手はそのままマデをつかまえ、右手だけ離してみた。


「焼けてない。無傷だ……」


 落胆を隠せず、つぶやく龍郎の耳元で、穂村が端的に宣言した。


「この人はマイノグーラじゃないということだ」

「ですね」


 のんきに話しているように見えたのか、マデは背後を見ながら自由になった片手をふりまわす。あれを見てくれ、バケモノだと言っているのだろう。


 龍郎は左手も離し、かわりに右手をあげた。サーチライトみたいな光が闇を裂き、バタバタと混血種になっていた村人が倒れる。

 マデはよっぽど驚いたのか、ポカンと口をあけたまま、その場にへたりこんだ。


「英雄さん。この人にたずねてください。なぜ、おれのことを悪魔だなんて言ったのか」


 アグンがうなずき、しばらくマデと言葉をかわす。やがて話してくれた内容はこうだ。


「あなたが日本のバリアンだと聞いて、ナワバリを荒らされると思ったんだ——と言ってますね。ごめんなさい、許してくださいとも言っています」


「別にもういいですよ。留置所からは出られたし。でも、この村に悪魔がひそんでいるのはほんとなんだ。おれはそれを見つけて退治したい。心当たりがないかと聞いてみてください」


 しかし、それに対しては“わからない”という答えが返ってきただけだった。


 てっきり、マデがマイノグーラだと思ったのに。

 だとしたら、いったい誰がそうだと言うのだろうか?

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