第70話 まがった時、とがった時 その三



 龍郎は考えた。

 いったい、誰がマイノグーラなのか?

 その可能性があるのは、もう誰もいないのではなかっただろうか?


 いや、一人だけ、いるにはいる。

 ディンダの叔母のチョコルダだ。

 でも、可能性はきわめて低い。

 とは言え、確認してみないことにはいけない。


「ディンダさんの叔母のチョコルダさんに会いたいんです。今すぐ、チョコルダさんの家に行きましょう」


 龍郎が言うと、アグンが失神したままの村人を指さす。


「チョコルダさんなら、そこに倒れていますよ?」

「えっ?」

「この人です」


 マデもうなずきながら何やら言っている。チョコルダという人名を聞きとったからだろう。その人がディンダの叔母であることには間違いがないようだ。


 龍郎は四十前後くらいの女性の手首をにぎってみた。ちゃんと脈はある。離しても火傷にはなっていなかった。

 やはり、この人もマイノグーラではない。


(おかしい。ディンダに話しかけていたのは女。でも、清美さんが夢のなかで見た容疑者の女は、このチョコルダさんをふくめても四人。グスティさんは死んでしまったし、あとの友人二人は清美さんが握手して違うということを確証した。じゃあ、あのとき、あの場にほかにも女がいただろうか?)


 なんだか、落ちつかない気分になる。

 自分は何か大切なことを見落としているという感覚を味わう。


(そうだ。もう一度、ラマディンに会おう。ラマディンはディンダと話していた女の見当がついてたようだった)


 そのとき、龍郎のスマートフォンが鳴った。見ると、ウブドのホテルにいる清美からだ。

 龍郎は急いで電話に出た。


「龍郎です。清美さん、どうかしたんですか?」

「はいです」


 清美の神妙な声の響き。

 重大なことをうちあけようとしているようだ。


「じつはですね。この前、話した夢のことなんですけど」

「ああ。今ちょうど、そのことを考察していたところです。容疑者が全員、白だとわかったので」

「……すみません」


 清美の声が小さくなる。

 電話の向こうで縮こまっているようすが目に浮かぶ。


「なんで謝るんですか?」

「思いだしたんですけど、わたし、穂村先生と二人で村の伝承を調べてたじゃないですか」

「そうでしたね」

「あのとき、小さい石をひろったんですよね。青くてキラキラして、すごくキレイだったんで」


 青くてキラキラ……。

 どこかで聞いたことがある。

 そう。それは、まるで——


「ゾス星系石物仮想体」

「ピンポーン。それです。たぶん、それ。ついさっき、石がクニャッてなって、ちっちゃいタコみたいになったんですよね」

「タコ? それって、まさかクトゥルフの化身じゃないですか?」

「そうかもしれなかったけど、一センチくらいの石だったので、タコもミニミニサイズでした。五センチなかったです。それで、ショゴちゃんが食べちゃいました」

「…………」


 なんだか清美の心配をすることが、すごくバカらしく感じられる。

 おそらく、清美は世界で一番の強運の持ちぬしに違いない。


「それでですね。この前の夢なんですけど、思いだしました。わたしが握手してマイノグーラかどうか判別できるのは、あの石を持ってるからだったんですよ。えーと、石物仮想体? あれを身につけてたことによって、共鳴したからなんだって」

「なるほど。そういうことか。それなら、清美さんが握手した人たちは、マイノグーラじゃなかったって断言できますね」

「お友達の二人はね。石をひろったあとに握手したから。でも、そうなるとね。一人だけ例外が出てくるんですよねぇ。あのときはまだ石をひろってなかったから」

「えっ? ほんとですか?」


 龍郎は以前の状況を思いだそうと記憶をしぼりだす。


 ディンダが亡くなった家の前で、集まる人々を観察した。そこへアグンがやってきたので彼の家へ戻り、少し話したあと、龍郎と青蘭、清美と穂村にわかれた。つまり、それ以前に清美が握手した人物は容疑者から外すことができなくなる……。


 ドクンと心臓が脈打った。

 あのときのことを思いだす。


(そうだった。おれが英雄さんと握手して、清美さんが…………それに、ラマディンはおれたちを見て怖がった。あれはおれを見たせいじゃないんだ。きっと、英雄さんを見たからだ)


 まさかと思うが、がそうなのだろうか?


 龍郎は電話を切り、アグンの顔をうかがった。


「……英雄さん。あなたの家に行きましょう」

「うちですか?」

「あなたの家族の安否をたしかめないと」

「そうですね。行きましょう」


 アグンも龍郎の語調から何かを感じとったのか、急にあせり始めた。

 三人で夜道を急いだ。

 龍郎には土地勘がないのでサッパリ方角すらわからない。アグンがいてくれてよかった。だが、これから起こるだろうことを想像すると、気が重くなる。


 暗闇をひたすら走った。

 山育ちの龍郎はまだしも、穂村は何度も草や木の根に足をとられてころんだ。だが、文句も言わずついてくる。

 きっと、穂村にも犯人の予想がついているからだ。


 そして、ようやく、アグンの自宅にたどりつく。

 外から見たとき、マデの家のように内部が光っていた。ここにもすでにティンダロスの混血種が侵入しているようだ。


「父さん。母さん。プトリ!」


 叫んで門のなかへとびこもうとするアグンの腕をつかんで、龍郎はひきとめた。


「混血種なら、すぐに浄化できる。おれが先頭で入ります」

「春崎くん。私と本柳くんのあいだにいなさい。私は天使の矢じりを持っている。邪神の奉仕種族くらいなら近よらない。ティンダロスの混血種にも効果はあるだろう」


 そう言って、穂村がアグンをさがらせたので、龍郎はホッとした。これで戦闘になったとき、二人の身辺を気にせず戦える。


 家屋のなかから悲鳴は聞こえない。

 不気味な静寂がただよっていた。


 龍郎は二人にうなずきかけたのち、門をくぐった。

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