第四十六話 六路村

第46話 六路村 その一



 朝になって、龍郎は千雪と話した。

 夜中にあったことをすべて説明する。その上で聞いてみた。


「千雪さん。武者の霊が言ってたのは『ろくろをよこせ』じゃない。『六郎をよこせ』だ。六郎って誰のことかわかりますか?」


 千雪はしばらく黙りこんでいた。

 離れの千雪の部屋だ。布団をたたんで、一列になった龍郎たち五人の前に、千雪が一人で正座している。


 すると、そこへ、トントンと階段をおりてくる軽い足音が聞こえた。千雪の妹たちだ。高校の制服を着ている。平日なので、当然と言えば当然だ。縁側からおりていくとき、ちょっと迷惑そうな目で龍郎たちを見ていった。深夜にさわいだので、よく眠れなかったのだろう。


「行ってらっしゃい。千波。千春」


 千雪が声をかけると、うっとうしそうに「うん」とかなんとか応えた。難しい年頃のようだ。美人の姉にくらべて二人は普通の女の子だ。姉妹のあいだに確執があるのかもしれない。


 二人が母屋のほうへ歩いていくのを見送ってから、千雪は口をひらいた。


「六郎……ですか。それは、たぶん、神隠しにあった叔父のことだと思います」

「叔父さんですか。六郎さんとおっしゃるんですか?」

「いえ。叔父の名前は六花りっかですが、六って字がつくので、たぶん、そうじゃないかと」

「ふうん。叔父さんは神隠しにあわれたんですね?」

「そうです。今も見つかっていません」

「そのときのこと、詳しくご存知ですか?」

「いえ。わたしが生まれる前のことだったらしいので。父や祖父母なら知ってると思います」


 龍郎は昨夜、囲炉裏のある部屋で晩御飯をご馳走になったときのようすを思い浮かべた。千雪の家族はきさくで親切な人たちだった。だが、そう言われてみれば、どこかに暗いかげりのようなものがあった。


「ご家族と話してみたいんですが」

「朝食の時間ですし、ついでに聞いてみましょうか。父は仕事に出てると思いますが、母は家にいるはずです」

「よろしくお願いします」


 母屋に行くと、千雪の母の豊子とよこが食事を作って待っていた。メニューは目玉焼きとご飯と味噌汁だ。


「お母さん。この人たちが六花叔父さんのこと聞きたいって」と、千雪がさっそく切りだす。


 龍郎たちが、千雪を悩ますろくろ首を調べに来たことは知っているので、豊子は協力的だ。


「……じつは、わたしもこの子が生まれたときにお義父さん、お義母さんから聞かされたときは本気にしてなかったんですが」と、前置きして、豊子は語りだす。


 龍郎たちは大勢で食卓を囲んで、素朴な朝食をついばむ。味噌がお手製なのか味噌汁が格別うまい。思わず、何杯もおかわりをよそってもらう。白米も朝から三杯食べた。よそってくれたのは千雪だ。そのあいだにも、豊子は話し続ける。


「なんでも、この村には六地蔵の呪いというのがあるそうなんです」

「六地蔵……ですか」


 そう言えば、ここへ来るとき、村の入口付近に地蔵が六体立っていた。あれのことだろうか?


「村の入口に地蔵が——」

「あれは六人の侍の供養のために建てたものだということです」

「侍?」

「はい。ずいぶん昔、いつごろのことか詳しくはわかりませんが、戦国時代のことなんでしょうね。この村に六人の落武者がやってきたそうなんです。一番年少の侍はまだ少年だったということです。その少年が仲間から六郎と呼ばれていたということですが」


 昨日の霊は落武者だった。

 ということは、かつての仲間がいなくなった少年を探しているのだろうか?

 しかし、どっちみち、六郎じたい数百年も以前の人間だ。とっくに死んでいるはずである。


「六郎って少年は行方不明になったんですか?」


 美味な味噌汁を白米にぶっかけてかきこんでいると、青蘭が横目で見てマネをする。なんだか、ひな鳥みたいだ。微笑ましい。


「そうです。六人の侍はしばらく、この村で身をひそめながら百姓のふりをして暮らしていたんです。自分たちで、あばら家を建てて。でも、軍資金というんですかね? 侍たちはちょっとしたお金を持っていたらしいんですよ。今の金額にしたら二、三十万くらいって話ですがね。あるとき、六郎が仲間の五人の首をはねて、一人で逃げだしたという言い伝えです。それからというもの、村に落武者の霊が現れるようになって、恐れをなした村人が神社を建て、侍たちの霊を祀ったんだそうです。それが、六郎神社です」


 龍郎はこの話を聞いて不思議な気分だった。この話にはいくつかの矛盾点がある。


「すいません。六郎は仲間を殺して逃げたんですよね?」

「はい。そういう話です」

「じゃあ、どうして地蔵は六体なんですか? 普通は殺された人の御霊を供養するためなら、その人たちの人数の地蔵にするはずじゃないですか? それに、六郎がみんなを殺したのに、神社の名前に六郎って、加害者の名前をつけるのはどうかと思うんですが」


 豊子は首をかしげた。


「さあ。わたしも義母たちに聞いただけなので、よくはわからないんですけど」

「そうですよね。じゃあ、おじいさん、おばあさんからお話を聞かせてもらってもいいですか?」

「かまいませんけど、話になるかどうか……」


 豊子が渋るわけはすぐに判明した。

 千雪の祖父母はかなりの高齢だった。祖父は耳が遠く、祖母は軽い認知症でまともに話にならない。


「しょうがないな。村のなかを調査してみるしかないか」


 龍郎は嘆息したが、穂村は大喜びだ。考古学者だから、奇怪な民間伝承を調べてまわることは、苦になるどころか、むしろ大好物なのだろう。


「任せなさい。この言い伝えについて村の老人の話を集めてみる。ここは二手にわかれよう。清美くん、君は私の助手だ。来なさい」

「ええーッ! せっかくここまでついてきたのに、老人の聞き取り調査ですか? イケメンのイチャイチャを観察できないじゃないですかぁ」

「君もたいがい腐ってるなぁ」


 はっはっはっと笑い声をあげる穂村に、清美はつれられていった。穂村も穂村だが、青蘭のことをまだ男だと言いはる清美も、そうとうな強者つわものだ。


「じゃあ、おれたちも調べるか」

「うん。ほんとは二人がいいんだけど」


 青蘭がチラリと流し目を送ると、神父は苦笑した。


「いいとも。私は独自に調べてみよう。ちょっと気になることがある」と言って、神父も出ていった。


「よかった。二人きりでデートだね」

「調査だけどね」


 というわけで、青蘭とともに村へと出ていった。

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