第40話 白と黒 その三



 その日から、フレデリックは、それとなく星流を監視するようになった。とくに夜間など、人目の少ないときに星流が教団から逃げださないように。


 だから、彼の行動がおかしいことには、すぐに気づいた。

 星流は深夜、みんなが寝静まると、あてがわれた自分の部屋をぬけだしていく。自分の、と言ったところで個室ではない。教団の労働奴隷たちとの相部屋だ。


 こっそり廊下へ忍びだす星流のあとを、フレデリックはつけた。思ったとおり、星流は外へ出た。今はもう崩れた城門のほうへ向かっていく。


(あいつ、行っちまう気だ。おれを騙して、一人で逃げてくんだ)


 裏切られた気分でいっぱいだった。

 怒りで体がふるえ、そのくせ、涙があふれてくる。


(なんでだ。星流。おれたち、友達じゃなかったのか。おれが教えてやったから、おまえは拷問を受けなくてすんだし、教団にも早くなじめた。おれがいなかったら、おまえなんて、みんなにボロボロにされて……)


 違う。そうじゃない。

 騙されたことが悔しいわけじゃない。

 信用されなかったことが悲しいのだ。

 星流はフレデリックを信じてなかった。だから、一人で行ってしまうのだ。行くのなら、なぜ、自分にもいっしょに逃げだそうと誘ってくれなかったのか、それが腹立たしい。


 背後からつかみかかるようにして、星流の腕をとった。

 星流はハッとしてふりかえり、フレデリックを認めると、イタズラっぽく微笑した。


「なんで、泣いてるのかな?」

「なんでだって? きさま——」

「しッ。他のやつらに見つかったら大変だ。来いよ」

「おまえ、逃げる気だろ?」

「逃げない。いいから、来いって」


 予想と違う反応を示す星流に戸惑いながら、フレデリックは手をひかれていった。そして、城門に近い茂みのところまで来ると、大木のかげに身を隠した。


「こんなところで何を——」


 するつもりだ、という言葉は途中で消えた。


 崩れた城門から一台の黒い自動車が入ってきた。荒れた前庭に停車し、なかから人が出てくる。運転手と助手席から降車してきたのは、教団の男たちだ。だが、そのうちの片方が後部のドアをあけ、女を一人ひっぱりだす。女は口にガムテープを貼られ、おびえきっている。どうやら、教団ではよく見る誘拐の現場だ。


「あんなの、ここじゃ日常茶飯事だよ。あれが、どうか?」


 フレデリックが尋ねると、星流は首をかしげた。


「僕がここへ来てからでも、女がつれてこられたのは、これで九人めだ。でも、変じゃないか? この城には女なんて一人もいない」

「それは……教団の別のアジトに移されるからだろ?」

「そうかな? 女がつれてこられるのは見かけるけど、つれだされるところは一度も見たことがない」

「…………」


 たしかに、そのとおりだ。

 これまで他人のことなんて気にしたことがなかった。たとえ教団の大人がいなくなっても、どこかへ行って工作でもしているか、自爆テロでもしたか、またはそのテロが失敗して死んだか、くらいにしか考えていなかった。


 黙りこんだフレデリックの耳元に、星流は妖しい言葉を吹きこんでくる。


「僕、見たよ。女たちは、みんな教祖様のいる地下へつれていかれるんだ。そして、そこから出てきた人は誰もいなかった」

「…………」


 フレデリックの脳裏に浮かんだのは、教祖が女たちを神への捧げものとして、殺しているんじゃないかということだ。そのくらいのことでは驚かない。


「それが……何か?」


 星流は哀れむような目をなげてきた。


「君はこの環境で育ったんだもんな。でも、気になるのは、それだけじゃない。今、君は教祖が女たちを生贄にしてると思ったんじゃないか?」

「ああ」

「そうだとしても、死体はどこへ行った? 人間が死んだら、その人の死体が出てくる。どこかに処分しなければならない。埋めるにしろ、焼くにしろ、そのままにしておくわけにはいかない」


 フレデリックは教祖のいる地下が、以前は墓場に使われていたことを思いだした。


「昔の墓穴に、そのまま、つっこんでるんじゃないかな?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「それ以外、考えようがない」


 星流はからかうような笑みを見せる。


「案外、教祖様が食べてたりして?」

「バカなこと言うなよ。いくらなんでも、それはないだろ」

「じゃあ、確かめてみようか?」


 そう言って、星流は市場につれられていく牛馬のようにひきずられていく女の背中を指さす。


 フレデリックは興味があったわけじゃない。ただ、星流が言うから、それならやってみようと思っただけだ。


「じゃあ、行こう」


 教団の男二人に両側から腕をつかまれて連行されていく女のあとを、フレデリックと星流は尾行した。


 なぜか、星流はそういう行動に慣れていた。フレデリックはテロ活動の準備として、よくターゲットのあとをつけることがあるから、慣れているのは当然だ。


 しかし、星流は観光客のはずなのに、身のこなしが、いやに軽い。


(もしかして、こいつ、一般人じゃないのかな?)


 そんなことを思案しているうちに、前を歩く三人は古城のなかへ入っていった。急いで追うと、地下へおりていく一行を見つける。思ったとおり、教祖のところへつれていくのだ。


 フレデリックは地下への階段をのぞいた。が、しばらくして、足音がしたので、あわてて離れる。教団の男二人が上がってくる。彼らをやりすごし、遠ざかるのを待った。


「行こう」


 星流とうなずきあい、フレデリックは暗い階段へと足をふみだした。

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